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涙なんて見えない
涙なんて見えない



 触れたら壊れてしまいそうだと思った。抱きしめたら折れそうでキスをしたら息を止めてやりたくなりそうで愛したら離れていってしまいそうで。ああ、最後のがいちばん重要だ。だから怖かったのかもしれない。完全に愛してしまったら彼は、正臣くんは、俺から離れていってしまうに決まっている。なら言わなくていい。伝えなくていい。こんな気持ちは心の奥に、閉じ込めてしまえばいいんだ。

「…で、結局何が言いたいんすか、臨也さん」
「………」

 そう思って、俺は正臣くんを家に呼び出した。幸い波江は買い物だとかで出払っていたし、今しかないと思ったのだ。今しかもう、正臣くんから離れるチャンスはないと。

「人を呼び出しといて、だんまりはないんじゃないすか? 」
「…いやあ、何から話したらいいかわからなくてさ」
「へー…珍しいこともあるもんすね」

 訝しげに首を傾げる正臣くん。ずいぶん心を許してくれるようになったものだ。昔なんて毛を逆立てた猫みたいで、俺に向ける感情といえば憎悪不満嫌味殺意。そんな負の感情ばかり。さすがに俺も悲しくなったりしたっけ。でも今は違う、決して俺の意識が過剰というわけではなく、変えようのない事実として、正臣くんが今俺に向けている感情を教えてあげよう。
 それはいわゆる、恋愛感情、である。
 まあ、正臣くん本人は決してそれを認めはしないのだけれど。

「…正臣くん、」
「はい? 」
「俺が、好きかい」
「………嫌いです、よ」

 ほらね。顔を赤くして目をそらしながらそんなふうに言われても、説得力のかけらもないのに。そういうところがかわいいんだけど、でも、こんな態度も。
 俺の狂った愛を完全に向けたなら、きっと変わってしまうのだろう(変わらないものなどない、と誰かが言っていたのを思い出した)。

「………、」
「、…いざや、さん? 」
「っははは! アハハハハ」
「っ!? な、」
「いいねえ、紀田正臣くん。俺は君のそういうところが、」

 好きだよ、とは、どうしても言えなかった。好きと告げるのは愛を語るのと同じことだから。どうせ告げるなら、驚いたとばかりに半開きになったその唇をまず塞いで、飲み込ませてしまえばいい。そうしたら伝わらない。告げても伝わらない。

「っ、…ん」
「――正臣、くん」
「………っう 、」
「どうして…泣いてるの? 」

 掴んだ顎も抱き寄せたほそい腰も震えていて、それからときどき聞こえる嗚咽。泣いていると確証づけるのには完璧なのだけど、正臣くんはふるふると頭を左右に振った。歪んだ視界に映る茶髪は、しかしやはり、震えている。

(…あれ、なんで視界が歪んでるんだ)

 考えてみるもどうにもすっきりしなくて、俺は正臣くんを抱きしめた。形だけつながった体はやっぱりほそくて、やっぱり折れてしまいそうだった。なんで正臣くんは俺を好きなんだろう。なんで俺は、こんなに正臣くんが好きなんだろう。苦しいだけだとわかっているのに、どうして俺たちは愛し合うのだろう。体を離して正臣くんを見つめるけど、やっぱり視界は歪んで涙は見えなかった。正臣くんが今、どんな顔をしているのかもわからない。




(どうして泣いてるの、なんて)
(こっちの台詞だ)



あきゅろす。
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