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神頼みしても実らない




昔、七夕の日に笹に沢山の短冊を飾った覚えがある。
赤に黄に、色とりどりのそれに、安物のペンで願い事を書くのだ。
そして、それを天に向かって飾る。
そうすれば、天の織姫と彦星が願いを叶えてくれる、そう親に教えられて本気で信じた純粋な俺は、大きな笹に沢山の短冊をつるした。

ただただ、願いが叶うことを願って。

けれど、織姫も彦星も一年に一度の逢い引きの日に、他人の願い事を叶えるほど気前はよくないようで、結局、吊した短冊は見事全て叶わなかった。


それからだ。紀田正臣が、神様なんかいないと思い出したのは。



「神様って信じる?」

突然出会って突然こんなことを聞かれても、自分としてはどう答えていいかわからなくなる。
池袋の人混みを一人でぶらぶらしていたところを、運悪く。そう、本当に運が悪いことに、自分が最も逢いたくない人物に捕まってしまい、今にいたるのだ。

何が楽しいのか、その人物はニヤニヤと口元で笑いながらこっちを見てくる。
小さく舌打ちをしてやると、折原臨也は何かが切れたようにプッ、と吹き出して笑った。

「何がおかしいんですか」

「いや、すっごい嫌そうだなぁ、って」

そう答えたその人は、お腹を抱えてクツクツと笑った。
凄く人の怒りを促すような笑い方を、大人になって華麗に受け流す。

「そりゃ、あんたなんかと会話したくありませんから。」

「酷いなぁ。でも、優しいね?正臣君は。こうしてちゃんと会話してくれてる」

本当にいい子だよ。
そう言って、優しく抱きしめてくる臨也さんに、有りったけの嫌みを込めて言う。

「気持ち悪いです。」

抱きしめられて、嬉しいと思ってしまう自分も。
それを聞いていたのかいなかったのか、また笑って腕の力を強くする臨也さん。

「好き。愛してる。誰よりもね。」

酷く愛の感じられない愛の言葉の数々に、幸福を感じてしまう。ゆっくりと臨也さんの背中に手を回して、顔を黒の中にうずめながら、小さく呟く。

「俺も、好きです。」

矛盾だらけの自分の言葉に、今度はこっちが笑ってしまう。
どんなに言葉で嫌といっても、どんなに逢いたくないと思っても、いざ抱きしめられるとすぐに墜ちてしまう。

「何が楽しいの?正臣くん」

臨也さんの腕の中で小さく笑い出した俺の顔を、壊れ物を扱うような優しい手つきで上に向かせる。
その問いにはあえて答えず、臨也さんの紅い瞳を見つめながら言う。

「臨也さん」

「…ん?」

「もう一度、好きって言ってくれませんか。」

嘘だらけの言葉に弄ばれて、俺をこんなにしてしまったのは、紛れもない臨也さんだった。
だから、これからも弄ばれてやることにする。

きっと俺の片想いで、あんたは俺のことなんかなんとも思ってないんだろうけど、あいにく俺は既にあんたに恋してしまっている。

「好きだよ。誰よりも、君を一番に。」

小さな頃に捨てた神様を信じる心も、皮肉なことに臨也さんの前では掘り起こされてしまう。
願ってしまうのだ。
いつか、その言葉が全て本物に変わる日を。

けれど、やっぱり神様はケチらしく、抱きしめられるたびに幾度となく願ったそれも、まだ叶えられてはいない。

「あ、そうだ。」

「なんすか?」

「質問、答えてよ。」

神様って信じる?

そう、まっすぐに俺を見つめて問うてくるその紅い瞳に、にこりと笑って







「俺は―――――





神頼みしても実らない


きっと何百願おうと、
何千願おうと。


あきゅろす。
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