逃げたら負け
逃げたら負け
「紀田くん」
「……何ですか?臨也さん」
たっぷりの間をあけたのはせめての抵抗。いくら睨みつけても目の前の男、折原臨也はいつもと変わらない笑顔を浮かべている。
ムカつく。なんだってこの人はこうなんだ。いつも余裕たっぷりで、いとも簡単に俺の中に入ってくる。
「紀田くんって本当に俺の事嫌いだよね」
睨んでいた俺に、何が楽しいんだって聞きたいくらい臨也さんは笑顔で言う。そんなの当たり前じゃないですか。たがら俺は「はい」と同じく笑顔で返答してやる。
そしたら臨也さんは「残念だな」って苦笑いを浮かべた。何が残念だよ。そんな事思ってないくせに。
あーあ。本当なら今頃帝人と杏里と一緒に帰ってナンパして帝人と杏里をからかって、コンビニよって帰ってたんだけどな。予定が完全にくるってしまった。
「…それで何なんですか?」
溜め息混じりに俺はそう尋ねる。学校の門で待ち伏せして、無理矢理俺の家に入り込んできたそれなりの理由を聞きたいからだ。(そもそもこの人にそれなりの理由があるのかもわからないけど)
「別に?ただ暇潰しにキミと遊びたいなーって」
暇潰しかよ。色々ツッコミたい事はあるけど大人な俺はあえて何も言わない。ヤバッ俺かっこよくね?
「はぁ…いいですよ。何するんですか?」
そして臨也さんに乗ってあげる俺も超カッコイイ!俺が女だったら確実に俺に惚れてるね。(まぁ予定を崩されて暇になったのも理由の一つだけど)
「ゲーム」
「…ゲーム?臨也さんってゲームしましたっけ?まぁ、いいっすけど」
似合わねー。心の中で呟きながら俺はゲーム機の電源をいれる。「何やりますか?」と俺は聞きながらカセットを漁る。やっぱ無難に格ゲーか?
「…臨也さん聞いてます?」
自分からゲームをやろうと言いだしといて返事のない臨也さんに、俺は痺れを切らして振り返る。
が、そこで俺の思考は停止する。何でかって?理由は簡単目の前に臨也さんの顔があったからだ。
「な、な何ですか?」
「だーかーらゲームだよ」
そう言って臨也さんは更に俺に近付く。後ずさろうとしても俺の真後ろにはテレビがあるためこれ以上後ろにいく事が出来ない。つーか全く持って意味がわかんねーんだけど!!
息がかかりそうなくらい近付いた臨也さんの顔に思わずドキリとなる。間近でみる臨也さんはくやしいけどかっこいいなと思ってしまう。
って、違うだろ俺!一人、百面相になっている俺に臨也さんはいつの間にか俺の頬を両手で掴み込んだ。思っていたよりも冷たい臨也さんの手にまた違った意味で俺はドキリとなった。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか目を三日月のように細めて、口を耳の横にくっつける。
「ルールは簡単。相手を先に惚れさせた方が勝ち」
そう言って臨也さんは甘く低い声で囁いてクスリと笑った。
「ね?簡単でしょ」
チュッとリップ音をたてて臨也さんは俺のおでこにキスを落とす。ゆっくりと離れた臨也さんは普段あまり見せない優しい笑顔を浮かべて少しだけ距離を取る。
「い!意味がわかりません!つーか離れろよ」
「駄目だよ、紀田くんそんな事言っちゃ。もうゲームは始まってるんだから」
「やるなんて一言も、!」
「言ったよね?」
「あ、う」
数分前の俺をこれ程まで恨みたいと思った事はない。臨也さんはやっぱり楽しそうに笑って再び俺の頬に手をあてる。
「好きだよ紀田くん。キミの全てが愛おしい。笑顔も泣き顔も怒った顔も困った顔も……今みたいな真っ赤な顔もね」
そう告げた臨也さんは見た事ないくらい優しくて、更に顔が熱を持つのがわかる。やばいやばいやばい。それにあわせて警告のように俺の心臓もドクドクと鳴る。(これ以上近付かれたら聞かれそうだ)
「いざ、や…さん」
「なあに?」
そう言って首を傾げる仕種すらも何だか甘く感じた。落ち着け俺。これはこの人の遊びの一貫なんだ。いつもの事。現に暇潰しだと言ってたじゃないか。そう思ったら少しだけ落ち着いたような気がして、漸くまともに臨也さんと目を合わす事が出来た。
落ち着いたおかげか俺はある事を思いつく。ニタリと笑った顔を見られないように、俺は舌足らずに臨也さんの名前をよんで臨也さんの首にぎゅっと腕を絡め、甘えたように擦り寄る。
「何?もう負け認めるの?つまらないなぁ」
「まさか。生憎負けるのは好きじゃないんですよ」
得に臨也さんに負けるなんて絶対に嫌だ。ギュッと絡める力を更に強くすれば臨也さんはおかしそうに笑いだす。
逃げても負け。惚れても負け。だったら俺はあんたより早く俺に惚れさせて上げますよ。
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