一切関係ありません
雨はもう、とうに止んでいるのに傘をさしている。
ふたり。
ずうっと。
『死体。』
ポケットで携帯のバイブが振るえるのを感じて、新着メールを開く。出てきたのは単語のみの質素な文面だったが、その単語は質素とはかけはなれて悪趣味極まりないものだった。日も暮れだした学校の廊下で無意識ににぎりしめていた携帯が正臣の手の中でかしりと軋んだ。
正臣の知り合いで、こんな悪趣味な言葉を送ってくるような人物は黒い、そう本当に黒い、彼しかいない。
メールの意味は単純なもので、『死体=シたい』、それだけ。正臣と彼もそれだけ、の関係だった。
夕暮れとは無縁に薄暗い屋上へ続く階段を上る。夕暮れ時にここを上るとき、いつだって期待とか喜びだとかいうものは微塵もありはしなかった。一度目は嫌悪と恐怖、二度目以降は嫌悪と諦めで。
ああ、そして今は嫌悪と――名付けること徹底的に拒否した――なにか。
唯一不変の嫌悪を確かめるように掌を握りしめて、屋上の扉を開ける。重く錆び付いた扉がいつもどおりぎぎぎと正臣を歓迎した。
放課後の屋上となると大概の場合、来良の生徒は部活か街に遊びに行くため人はいない。がらんとした屋上で黒い学ランの彼を見つけるのはた易かった。
「臨也さん、」
振り返った臨也は正臣を視界にとらえたのち、不愉快そうに目を細めた。
そのことに疑問を感じるより早く、正臣は手首を掴まれてぐいりと引っ張られる。前のめりにバランスを崩し、咄嗟に踏み出した足はあっさりと払われて、気がつくと橙に浸食されかけた空を背景に臨也がいた。意識が遅れて追い付いて、ようやく倒されたのだと理解した。
思いきり打ち付けた背中が痛い。
そのことに文句を言う前に唇が塞がれる。
いつもより、性急に。
「んん、っ、ふ」
握りしめたはずの嫌悪が簡単に細く頼りなくなって。認めたくない錯覚ばかり大きくなる。
違う。
ちがうちがうちがう!
だってちがう、だってだって
「オレは、あなたが嫌いです」
酸素を求める本能を押さえつけて言い切る。どうしようもなく、わけもわからないのに、わけもわからないのに、泣き出してしまいそうだった。
その目に見つめられるだけで、思考がぐちゃぐちゃになってしまう。大嫌いだった。
「だから、もう、やめてください」
声が小さく震えたのは乱れた呼吸のせいにした。それ以外の理由なんていらない。
臨也の唇がゆるり、弧を描く。
「それで君はさあ、」
本能で全身がこわばる。
純粋に純粋に悪意ばかりを孕んだ声音に。
「帝人くんとか杏里ちゃんとかを棄てる覚悟はちゃんとしてきたわけだよね?」
「なっ」
息が
つまる。
そんな正臣の頬をやんわりと撫でて、折原臨也は可笑しそうに目を細めてみせた。嘘だよ嘘、なんてほざいて。
「生憎、オレは紀田くんの同意も拒絶も、」
一切関係ないんだよねえ。
目と鼻の先。そう言っていつもの災悪な笑みで、また正臣の唇を塞いだ。
-END-
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