[携帯モード] [URL送信]
延長線上の恋

《延長線上の恋》



「ねぇ、正臣くんのファーストキスっていつ?」

「はぁ?」



新宿某マンション。

ファー付きコートを羽織った青年が、突然そんなことを口走った。今まで珍しく何もちょっかいを出さず、ずっとパソコンの前で仕事をしていた恋人が言った言葉に、コーヒーを運んでいた少年はすっとんきょうな声を上げた。

コーヒーを臨也の前に出し、むすっとした顔で返す。



「なんでそんなことを聞くんですか?」

「いやぁ、だって気になるじゃん」

「そうじゃなくて」

「……………? どうしたの、正臣くん?」



臨也が正臣の異変に気付く。正臣は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな、悲しそうな顔をしている。



「臨也さん………。それを、俺に聞くんですか?」

「正臣……くん?」

「ちょっと、今日は帰らせて貰います」

「え、ちょっと待………っ!」



泣きそうな顔をして、荷物も持たずに扉へ向かう正臣を、何がなんだかわからない臨也は呼び止めようとする。



「………………ぁ」



その時、唐突に臨也の視界がぐにゃりと歪んだ。妙な浮遊感を感じ、その場に倒れ伏せる。

正臣の慌てたような、自分を心配する言葉が遠くに聞こえ、臨也は目を閉じ、意識を飛ばした。









目が覚めると、見知らぬ場所にいた。周囲には見慣れた高層ビルも見当たらず、広がるのはただただ青く繁る田畑ばかりだった。

日は既に傾き、雲ひとつない空はオレンジ色に染まっている。



「ここは………、どこだろう?」



臨也は、誰にも聞こえないような声で呟いた。瞬間移動だなんてものは信じていない。故に、おそらくは夢の中だろうと仮定した。

静寂の中で、不意に子供の声が聞こえた。反射的に声のしたほうを向くと、ランドセルを背負った1人の少年が友人と別れたところだった。

少年が、こちらへ歩いてくる。その幼い顔を見て、臨也は驚愕した。髪は黒いが、その顔には面影が残っていて、見覚えがある。臨也は思わずその名を呟いた。



「正臣くん………」

「………?」



それが聞こえたのか、少年は立ち止まり、不思議そうな顔をして周囲を見渡す。

1人惚けたように起ち続ける臨也の姿を見つけると、少年は躊躇なくとてとてと臨也の傍に寄り、変声期前の幼い声で話し掛けた。



「俺の名前呼んだの、アンタ?」

「………あ、うん、そう」

「なんで俺の名前知ってるの?」

「うーん、と。………なんて言えばいいんだろう。正臣くん、今何年生?」

「………ん」



正臣は訝しげな表情をしながら、掌を突き出す。立てている指は二本。



「小学二年生?」

「うん」

「俺さぁ、タイムスリップしてきたみたいなんだよね」

「はぁ?」

「君が高校生の時代から。俺も今夢なのか現実なのか、わかんないんだけどね」

「………頭、大丈夫?」



純粋な視線を送ってくる正臣に、臨也は優しく微笑んだ。



「俺は、君の恋人だよ」

「……………はぁ」

「本当に。じゃあ、証拠を見せてあげようか」

「…………っ」



その場にしゃがみ、小さな正臣の体を抱き締め、唇を重ねた。すると正臣は驚いたように体を硬直させる。風に攫われて香ったのは、変わらぬ優しいシャンプーの匂いで。

ただ触れ、離す。正臣の顔を見ると、正臣は見開いた目で臨也の顔を凝視していた。



「正臣くん」

「な、に?」

「俺は折原臨也。次に君と会うのは多分、君が中学生になったときだ」

「中学生………?」

「うん。だから、それまでばいばい」



瞬間、目前の風景が歪んだ。正臣の泣きそうな顔が見える。会ったばかりの奴に泣きそうになるなよ。そんな思いが浮き上がる。



「臨也さん!」









「臨也さん!」

「………………ん」



目を開けると、泣きそうな正臣の顔があった。蜂蜜色の髪。変声後の少しだけ低くなった声。正真正銘、臨也の知っている正臣だった。



「何、泣きそうな顔してんの」



臨也が目を開いて正臣に笑いかけると、正臣は頬をカッと赤らめてそっぽを向いた。

起き上がると、ソファーの上にいた。どうやら正臣がそこまで運んでくれたらしく、額からは濡れたタオルがぽろりと落ちた。



「臨也さん、大丈夫っすか?」



正臣はそっぽを向いたまま、目だけをちらりと臨也に向ける。



「心配してくれるんだ?」

「別に………。いきなり倒れるから、びっくりしただけです。呼び掛けてもピクリとも動かないし…………」

「ちょっとね、正臣くんに会いに行ってたんだよ」

「は?」

「小学二年生の正臣くん、可愛かったなぁ」

「っ!?」



正臣が目を見開いて臨也を凝視する。さっきもこういうことがあったと内心思いながら、臨也は正臣を引き寄せた。



「アレって、夢じゃないよね」

「…………」

「小学二年生の君にキスしてきたよ」

「な、んで」

「アレがファーストキス?」



正臣がこくりと頷く。夢じゃなかった。そう思うだけで、臨也はより一層正臣が愛しくなった。

正臣の体を抱き締める。服ごしに伝わってくる温もりと髪の香りは、小さな正臣とほとんど変わらない。



「臨也さん、好きです」

「うん」

「あの時から、ずっと」

「うん…………」

「………好きです」

「俺もだよ………」






-Fin-






第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!