服の裾を掴んだ
ああくそ、なんでこうなったんだっけ、
俺はずきずきと痛む頭で考えた。今は雨が降っている。大雨だ。なのに俺はパーカーのフードを被っているだけ。そして既にぐしょぐしょになっていて意味を成していない。なんで傘ないんだろう。……確か持って行ったはずなんだけど…、そう思いながら玄関を開けるために鍵を、
「鍵、が、ない…?」
何で?何でない、くそ、無くした、か…?
ずるずるとドアを背に座り込む。……大屋さん、いたかな。立ち上がろうにも上手く力が入らない。意識が朦朧としてきた、このまま寝たらまずいかな。
「……正臣くん」
「………っ、」
あいつの声が聞こえた気がした。でも気のせいだったみたいで周りには誰ひとりいない。俺は立ち上がってびしょ濡れのままよろよろと歩き出した。まるで、あいつの声に導かれるように
ああくそ、憎たらしい。
ざあざあと雨はさっきから変わらない強さで降り続いている。……何であいつの家になんて向かってんだろ、ばかか、俺は。
がくり、自分自身に脱力した瞬間膝が折れた。水がばしゃりと、はねた。
冷たい、そんな感覚はなくて温かい。むしろそう感じた。……あれ。
「…ばかだねえ、正臣くんは」
「……っ、」
「寝た方がいいよ。」
「…い、ざ…っ、」
言い終える前に大きな手の平に目を塞がれ、されるがままに目を閉じて身体を預けた。
―――――――――
「……ん、んう…」
「やあ、正臣くん。」
そっと目を開けるとなんとも腹ただしい笑顔で折原臨也が俺の頭を撫でた。……なんて最悪な目覚めなんだろう。
「ていうか何で布団の中にいるんすか。」
「え、俺のせい?」
臨也さんは俺のせいじゃないとかなんとか言っている。…俺風邪ひいてるのにいいのかよ、……ああ何とかは風邪ひかないのか。
「俺、ばかじゃないからね?」
「……そうですか、どうでもいいから早く出ろ」
「……あのさあ、この状況、正臣くんのせいなんだけど。」
そういいながら右手を掴まれる。そして今、初めて自分が何かを掴んでいることに気が付いた。
「え……?」
「そ、俺のシャツの裾。」
「…っ、なんでっ?」
かああっと熱が顔に集まった。ぱっと勢いよく手を離した。俺っ、何してるんだ…?
そして臨也さんがするりと布団を出た。
「お粥かなんか食べたい?」
「……食欲ないっす」
「でも薬飲んだりできないからさあ、」
「…いらないです、薬…まずい。」
ふうと臨也さんはため息をついた。困ったなあと頭をかく。
……いらない、お粥も、薬も、いらない、
そう思っている自分がいて、
……俺が、欲しいのは、
「ゼリーかとかなら……」
「臨也さん……っ」
臨也さんを呼んだ声は掠れて小さなものだ。…聞こえていただろうか、
「ん?なあに、正臣くん。」
「………っ、いて、」
なんとも憎たらしい笑顔で俺の名前を呼んだ。いつもなら腹ただしいだけなのに、今日は違くて、
「……?」
「臨也さんっ、ここに、いて。」
「………どうしたの、正臣くん。」
行かないで、そう呟けば少し驚いたような顔をして臨也さんは手を俺の額に当てた。……臨也さんの手、冷たい。気持ちいい、
「……ほらほら、早く寝る、熱あるんだから。」
「…っ、ざや、さ……」
俺はいるから、ベッドの縁に座って優しく髪を梳かれる。……なんだこれ、熱って怖い。
「……俺、今日おかしいっすね、」
「いや、すっごい可愛いけど。」
「うっさい黙れ死ね。」
ひどいなあ、そう臨也さんは口を尖らせた。俺は右手を布団から出して臨也さんに手を伸ばした。
「……臨也さ、ん…」
「ん?」
「…すき、です。」
「……風邪は狡いなあ」
襲えないじゃないか。そんなこと言いながら俺の前髪をかきあげ額に口づけた。
「……ばか、しね」
「はいはい、おやすみ。」
すーっと意識が持っていかれるのを感じた。そして意識が飛ぶ前に臨也さんが耳元で小さく囁いた。
「愛してるよ、正臣。」
ちくしょう、狡いのはそっちだろ、
そんなことを思いながら意識を手放した。
「……たまには、いいかもね、正臣が素直なのも。」
俺は正臣の頭を撫でながら笑った。
「こんな無防備な顔しちゃって、ほんと可愛いなあ……でも、ちょっとやりすぎたかな、」
これ以上熱、上がんないといいんだけど。なんてがらにもないことを思う。
「…さて、……ん」
立ち上がろうとしたが、裾を掴まれていてそこから動けなかった。……困ったなあ、することあるのに
「……まったく、いつからこんなに可愛くなったんだろうね。」
するりと輪郭を撫でる。少し身じろいだ正臣を見て俺は口角をあげた。
「あの傘、どう処分しようか、」
そしてポケットの中で彼の家の鍵をじゃらりと鳴らした。そして空いている方の手で正臣の手を取り甲にそっと口づけた。
全部臨也さんの策略^^
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