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心はもう消えた

 頬を包んで、かわいいね、だとか。服を脱がせては綺麗だとか。
 おれはあんたの人形じゃないと主張したくても、彼がそうみなしているのは明らかだった。おれが逆らえば躊躇なく殴りつけてくるのが証拠だ。
 彼がおれに向ける愛玩はまさしく子供のそれ。思い通りにならない玩具ならいらない、手を噛む犬なら殺してもいい。彼曰わく「若いくだものみたい」な肌に青い痣を刻むのも、「金魚鉢の中のビー玉みたい」な瞳が見えなくなるほど瞼を腫らすのも、全ては彼の自由であり、その原因はおれにある。
 ならばおれの感情は、意志は恋慕は絶望は、あんた、どうしてくれるんだ?



 深夜に着信、嫌な予感を抱えて言いなりに行ってみれば、玄関を抜けるなり彼の体温に包まれることとなった。
「ねえ、正臣くん」
「……何です、か。臨也さん」
 まだ靴も脱いでいないのに。脳髄が痺れるようなキスを受け、その合間に名前を呼ばれて、閉じた瞼を薄く上げる。
「今日さあ、あいつといたよね」
 嫌な予感が的中。臨也さんは嫉妬深い。おれはどこからか監視を受けているらしい。
 ああ、とやるせなく思いながらも、困ったような表情をつくって返事をする。
「あいつって?」
 聞かなくたってわかっている自分にとって、これは単なる時間稼ぎなのかもしれなかった。
「シズちゃんだよ。二人でいたでしょ」
 その名前を口にするのも不快だ、といった苦々しさが滲み出ている。さっきのキスの甘さをおれはもう忘れた。
「偶然会っただけですよ。それに帝人もいましたし、静雄さんの上司も」
「本当?」
「放課後、帝人の買い物に少し付き合ってたんです。そのあとマック入ったら、静雄さんたちがいて」
 臨也さん、ちゃんとよく見てました?わざとおどけたふうに言ってみせる。おれと静雄さんしか見えてなかったんじゃないですか。もしかしたら、実際に見ていたのは臨也さん自身じゃないのかもしれないけれど、関係なかった。
 臨也さんはおれを真っ直ぐ見つめて、何か考え込むような無表情になる。もう、一押し。
「帝人がトイレ行ったり、ドレッドの人が仕事の電話に出たりしてたから、もしかしたら一瞬くらいは二人きりになったのかも。でも覚えてないです。おれ、あの人にそこまで興味ないから」
 どう言えば彼が喜ぶのか、どんな答えを求めているのか。おれは常にそこを探って見据えて、筋がぶれないように思案を重ねて言葉にする。
それでもたまに失敗、するけど。今日はまあまあ、上手くいったようだ。
「そっか」
 臨也さんはまだ何となく納得していないような、でも疑うことはやめた目をした。内心でほっと胸を撫で下ろす。背中に回った彼の腕が、強くおれを引き寄せた。
「正臣くん、おれ以外のやつと二人きりになっちゃだめだよ」
「わかってます」
「本当は帝人くんと遊ぶのも嫌なんだけど」
「あいつとどんな間違いを起こせっていうんですか」
「うん、正臣くんを信じてる。もし裏切られたら、おれ」
 縋るような弱い声で臨也さんは告げて、おれはちゃんとその背中を抱きしめ返す。
「正臣くんのこと殺しちゃうかも」
 言いながら臨也さんの腕に力が込もって、おれは彼の胸に顔を埋める形になった。
 息が少し苦しい。
(おれが人形なら、あんたは絶対にいつか壊すだろう)
 はい、と頷いて目を閉じれば彼の鼓動の音が聞こえた。
「おれは、臨也さんのものだから」
「いい子だね、正臣くん。好きだよ。セックスしよう」



 邪魔な心はもう殺したよ。あんたに愛してもらうために。
 いつか壊してしまった日には、せめて少しだけ泣いてほしい。


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