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喧嘩しようよ



「むかつく」


カタカタカタ。
パソコンのキーボードを軽やかに叩く音に紛れて、落とされた言葉を臨也の耳が拾う。何事かと声の持ち主を見遣ればソファーで雑誌を読んでいる不機嫌そうな顔があった。


「何が?わざわざコンビニで買ってきたのに同じ雑誌がうちにもあったこと?」
「それもむかつくけど」

正臣は顔を顰めた。臨也が言う様に正臣の手元にある雑誌は綺麗に磨かれたテーブルの上に我が物顔で鎮座している。しかし正臣の苛立ちはそんなところからくるものじゃない事を当然臨也だって知っていた。「性格わる、」正臣の小さな呟きに「うん知ってる」と返すその姿は余裕そのものだ。


「あんたって人の感情を本気で取り合わないじゃないすか。どんなに怒ったってさらっとかわすし、こっちが正論掲げて攻撃仕掛けてもうまい具合に煙に巻くし」
「否定しないけど。ちょっと今更すぎるよね」

「平和島静雄になりたいなぁ」
「は?」
「強いし、臨也さんと本気でやりあえるし」
「ここでその胸糞悪い名前は出すなって言わなかったっけ」
「言ってないっすよそんなの。あんたが勝手に作った暗黙のルールでしょう」
「で、君はそれなりの覚悟があってそれを破ったのかな?」
「覚悟はあるけど勝算は無いです」


そう、と言って臨也はそれ以上言及しなかった。それよりも何故正臣にとってわかりきっていることを今このタイミングで自分に投げつけたのか、疑問が解消されぬまま放置されるのは気持ち悪かった。臨也は正臣の顔をじいっと見つめる。確かに今日は虫の居所が悪そうだけど、原因がさっぱりだ。


「乗ってこないんすね」
「俺と本気の喧嘩、したいの?」
「勝てない上に無意味な喧嘩なんてしたくないですよ。うわ、目付き悪い凄まないでください」
「じゃ、何がしたいわけ」
「別に、何も。…仕事終わんないんすか」
「急ぎじゃないから終わらせても良いけど…何?寂しかったとかそういう笑える理由?」
「そんな理由だったら俺は病気です。全然笑えないっすよ」
「確かにそれくらい可愛げがあったら面白くないな」



パソコンのシャットダウン音が会話の止まった二人の間に響いた。臨也は仕事に飽きたのかイスの背もたれに沈むように体を預け、手元にあった適当なペンをくるくる回している。じゃあなにかなあ、とどうでも良さそうに呟いて正臣を横目で見た。


「怒ってほしい?」
「は?」
「俺に本気で怒られたかったとか、どう?」
「…それはやだ」




「だけど、」零れた接続詞に臨也は瞬きひとつ。

正臣は複雑そうな顔をしている。悔しい、言いたくない、でも気づいて欲しいし望んだ言葉が欲しい。感情が渦巻きせめぎあう少年の脳内にふとさっきの自分の科白が再生された。その表情はさらに曇る。



「病気覚悟で言いますけど、」


折原臨也はどうやらきちんと耳を傾けてるようだ。こんな時ばっかり真摯な態度をとらなくても良いのに、と正臣はその整った顔を呪った。




「あんたの本気の感情が欲しい」







いつの間にか近づいてきていた臨也は、正臣の赤くなった耳をからかうように摘まんでから頬に手を添えた。
「何すか」
今にも消え入りそうな声が弱弱しく臨也の鼓膜を震わせたが返事は無い。正臣の視界が徐々に暗くなっていく。



「じゃ、本気で愛してあげる」



いつだって攻撃出来るし投げつけられた暴言を倍にして返すことだって出来る。だけど折原臨也はこの生意気な口を塞ぐ方法を知っている。

噛み付くようにして貪られる唇に正臣は肩を震わせた。





(戦いの火蓋は切り落とされたばかり)











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