北の使いっ走り……
最近のは本当に怖いんだから
時刻はちょうど夕暮れ時。
さて今日は手軽にチャーハンにするかと準備を始めた矢先、チャイムが鳴って来客を告げた。
「こっうすっけくーん♪遊びに来た!」
ドアホンを取るなりこれだよ。
開けたくないが開けなかった方が後でより恐ろしいので、仕方なく、本当に仕方なく鍵を開ける。
開かれたドアの向こうから現れたのは、なんとも可憐な少女一名。ただし見た目に限る。
もうお馴染み、イヤだけどお馴染みのアイドル・カノンさんである。ちなみに同い年だ。
服装こそそこらにいそうな女の子だが、顔隠しのサングラスを取って満面の笑みを浮かべるその姿は、確かに知らない人が見たらかわいいのだろう。いや一応僕もかわいいとは思うけどそれより他の感情が勝つというか以下略。
「遊びに来たって、夕飯かっさらいに来たの間違いでしょう」
嬉しいことではあるのだが、どうにも僕の料理は気に入ってくれる人が多い。
ただそれで引き寄せるのがよくてS、悪いと超スーパーミラクル級の鬼畜ドSってどういうことだ。
僕のため息に、目の前にいる超スーパーミラクル級の鬼畜ドSアイドルはより笑顔を濃くする。アイドル以外の項目は一般には知られていないのはもはや詐欺だ。
「でも作ってくれるんでしょー?」
意味をなしていないハテナマークと一緒に、きゅるん、とウィンク一つ飛ばしてくる。
はいカノンさん、あなたのウィンクは僕には効果ありませんよ。
しかし作らなかったらやはり後が恐い。
僕は再びため息をつく。
カノンさんといるとため息が絶えない。
「いきなりですから、たいしたもんありませんよ」
暗に了承の意味を込めて、ことわりを入れる。
するとカノンさんはびっと親指を立てて自信満々に返してきた。
「コウスケのたいしたことないはたいしたことあるから大丈夫!」
日本語崩壊してますよ。
というかそんなところで自信持たれても困る。
「でも、少しはアイドルって自覚持ってくださいよね」
はいはいと招き寄せながら、本音の一言をぶつけてみる。
しかし当の本人は気にした風もない。
「自覚ってー?カノンはいっつもテレビの前では自覚120%だよ?」
テレビの前限定を自覚してるだけいいと思うべきか。
と、いうかこの人は絶対何言われるか分かってるんだけどね。
わざと自覚なさげに見せてるよ。確信犯確信犯。
「アイドルは行く先々に週刊誌とかの記者が隠れてるから、不用意に来ないでほしいというか」
アイドルが一応仮にも男性の家に遊びに。実際はただのオモチャだが、僕が恋人だと疑われても仕方のない状況。週刊誌にはオイシすぎるネタじゃないか。
これで僕が恋人として浮上してみろ。カノンさんのファンから凄まじいイヤガラセを受けることになるだろう。
最近のイヤガラセは色んな手があって怖いんだよー。
ネットで叩かれまくったりならまだいい方、古典的にカミソリ入り郵便とかあり得るからイヤだ。
なんて考えてる間にチャーハンの下ごしらえ終了。さて、あとは中華鍋にゴー!
「そうそうコウスケ君、重大発表があるんだー」
こう見えてもけっこうある腕力で全体を返す。チャーハンがそれなりに綺麗な弧を描いて中華鍋に返る。
けっこう集中力いるんだぞコレ。できれば話しかけないでほしいが無視すると以下略。
「なんですか。好きなアニメの声優でもやることになったんですか?……はっ!」
あり得るだろうことをてきとーに言いながら再びチャーハンを返す。そろそろ整えに入るか。
「それがねー。今日のスポーツ新聞に載ってたんだけどー」
「例のゴルフの事は聞きましたよ。あの人僕らの二つ上ですよね」
やはりてきとーに流しつつ味見。もう少し胡椒がいるかな。
「それじゃなくてー、アイドルに熱愛疑惑だってー」
「へぇー。まぁよくあることですけどね。今度は誰ですか?」
胡椒少々。ネギとレタスも投入。これを全体に馴染ませて完成、と。
再び中華鍋に手をかける。
「それがねー。カノンだって。相手は同い年の男の子?!って書いてあるー」
「ほっ!……へぇー。……ほ、え?」
いざ返さんとしていた手が止まる。いきなり止めたので腕が少々痛いが、胡椒振ってるタイミングじゃなくてまだよかった。
「…………それって……」
ゆっくりとカノンさんの方を向く。
するとこの鬼畜は笑顔で例のスポーツ紙を突き出してきた。
「どー見てもコウスケ君です本当にありがとうございましたぁ!」
堂々と広げられたスポーツ紙の一面。
そこには紛う事なくこの家の玄関で先程と同じように話す二人の背中と頭。僕の顔が写ってないのが救い……ってんなわけあるかぁぁぁぁ!
「言わんこっちゃない!だから言ったでしょう?!気をつけてくださいよって!!」
僕の本心からの痛切な叫び。
しかしあくまでカノンさんは笑顔。どこまで鬼畜なんだこの人。
「どーする?カノン次第で良くも悪くもなるけどーぉ?」
もうやだこの鬼畜。泣きたい。泣いていい?いや泣いたらこの人が喜ぶだけだちくしょう。
ついでに今の衝撃のせいで火を消し忘れてた。おかげでレタスがしなしなだ。台無しじゃないかちくしょう。
……落ち着け。落ち着けコウスケ。ここが勝負だ。
ここでカノンさんに上手く言えばまだ助かる。多少は助からないだろうけど。しかし下手に言えばマジ死ぬ。どうにかしないと。
幸い、アカリさんのパシリのバイト代が最近はずんだので、多少の痛手は大丈夫だ。はずんだ分は捧げるしかない。……ちくしょう。
「上手く言って下さい。違いますって。ただのオモ……じゃない友達ですって。そうだジョウトの金太郎さんと同じでいいです」
実は本名は知らないけど金太郎さんゴメンナサイ。だってカノンさんが他にオモチャにしてる人っていったら真っ先にその名が。
「えー。どぉしよっかなぁー♪」
楽しんでやがる。こんなヤツくたばればいい。口が裂けても天地がひっくり返っても言えないけど。
落ち着け。このために覚悟した痛手だ。
僕はさっきから用意していた切り札を出した。
「今度、好きなだけカスタードプディング作ってあげますよ。ヨウイチロ経由になりますけど」
きらん。
カノンさんの目が光る。
よし。これは乗ったな。
カノンさんは表向き好きな食べ物はケーキと言っているが、実のところ一番は焼き肉だ。
そしてそれに次ぐ二番が、まあ嬉しいことに僕のプディングだそうだ。ここは女の子らしい。そしてこれは結構嬉しい。
そのプディングを好きなだけ作ると言って、これは断るわけがなかろう。
「一つ!」
カノンさんの手が勢いよく挙がる。
なんだと。異論があるだと。これはどういうことだ。この手が通じないとなると肉か。それは痛い。財布的に痛すぎる。
しかしそれは辛うじて杞憂に終わった。
「カスタードだけじゃなくいくつかの味がほしい」
それくらいならおやすいご用で。
かくして、僕は絶体絶命の危機を逃れたのだった。
(ただし、ネットでの被害までは防げなかったorz)
「テレビで言うだけじゃなくて事務所の方にもお願いしたから、この先一年プディングいくらでも作ってくれるよね!」
楽勝なわけあるかちくしょう。
結局かなりの痛手だよ。
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