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君の微笑みは世界を救います(団左/年齢操作)
※年齢操作(1年→5年くらい)

















一つ大きくついた溜息は、夜の闇の中にさらりと溶け込んでいった。疲れた、と小さく零せば、静かな世界には妙に大きく響いたような気がする。先程から引きずっている体は、これが自分のものかと思うほど重くて、それで、

(鉄臭い…)

風呂に入って全てを洗い流してきた筈なのに、どうしても重苦しい鉄錆の臭いがまとわりついている気がする。はぁ、と肺の中の重苦しい鉄錆を吐き出せば、綺麗な夜の空気を汚したようで、なんとなく罪悪感がわいた。

(大丈夫、もう臭わない、とかみんな言うけどさぁ…)

気持ちの問題、と苦笑しながら言われた。そりゃそうなんだろうけど、と思わないでもないが、この重苦しさにはどうも慣れない。慣れなくていいし、慣れない方がいい、と担任達はどこか泣きそうに笑うけれど、気持ち悪くて仕方ないのだ。いっそ慣れてしまいたい、と何度となく思った。

今だって、そうだ。どうしても重くて苦しくて気持ち悪くて仕方ない。
そんな時には、自然と足が左吉の元へと向かう。

(……や、まぁ、そんな時でなくても絶対行くんだけど)

ただ、こんな重い体を引きずってでも、無性に会いたくて会いたくてたまらなくなる。会って、できたら抱き締めさせてもらえたら、それで多分楽になると本能的なところで解っているのだ。

ずり、ずり、時々もつれそうになる足を叱咤しながら、左吉がいるだろう会計室へと歩を進める。

(あー…、俺って馬鹿だよなー…)

さっさと部屋に帰って寝てしまえば、体には優しいだろうに。
あ、でもこれって左吉馬鹿なのか俺、それは良いな。思いついて、わずかに頬が緩む。
やっとたどり着いた、お目当ての会計室に明かりが灯っているのを見つけて、また頬が緩んだ。もう一頑張り、と両の脚を一叩きして、地面を蹴り上げる。

「左吉ー!!」
「静かにしろ馬鹿旦那!」

がっ!と勢いのままに障子を開け放てば、一喝。容赦のない悪口に、肩の力が抜ける。こんな所に来るまで緊張していたらしいことに、気付いて小さく哂う。

「団蔵?」

どうした、と紡がれきる前に、左吉の胸に飛び込む。咄嗟に反応できなかった体は、簡単に畳へと倒れ込んだ。そのまま腕に力を込めれば、苦しいのか、わずかな抵抗。
それすら抑え込むように、ぎゅ、と抱きしめて左吉の体温を楽しむ。

「さきち…」

は、と吐息と共に零せば、びくり、とわずかに強張る様が愛しい。

(さきちの、においだ)

普段の目つきとか、態度とか、そういうものからは想像もつかないような、優しいにおいが、肺を満たす。心地良くて、目を閉じたまま深く呼吸を繰り返す。いつのまにか抵抗を諦めた腕は、そっと背中にまわされていて、それがまた心地良い。

「…落ち着いたか?」
「んー…」

だいぶ、と小さく返すと、だったら起き上がれ、と今度は容赦のない言葉が返ってくる。らしいと言えばらしいのだが、もう少しくらい甘えさせてくれてもいいのではないだろうか。

「もーちょっと良いだろー」
「いいからさっさと起き上がれ。重い」
「…さち酷い」
「さち言うな」

ぐい、と肩を押されて渋々起き上がれば、(それでも左吉の膝の上から退いてはやらないが、)左吉の瞳とかち合った。あまりに真っ直ぐなそれに、思わず息を呑む。一瞬、射抜かれるんじゃないか、なんて馬鹿な考えが頭をよぎる。
そんな考えを読まれたわけでもないだろうが、ふ、と瞳が和らぐ。緩くつりあげられた口の端と、柔らかに細められた瞳。


微笑まれた。


そう気付くのに、回転のあまり良くない頭はしばらくかかった。

「さち…?」
「おかえり」
「へ?」
「おかえり、って言ってるんだ」

わからないのか、馬鹿。
一瞬で寄せられた眉に、綺麗な微笑みはかき消されてしまった。ああ、勿体無いことした、なんて思っていれば、びすり、とこれまた容赦ない手刀が額を襲う。

「いった!何すんだよさち!」
「だからさち言うな」
「いいだろ、別にー…」
「ただいまは」
「はい?」
「おかえりって言われたら何て言うかなんて、一年生でも知ってるぞ」
「ああ…」

そう言えば、笑顔のあまりの衝撃に、何も返していなかった。それにしても手刀はないだろうと思わないでもないところではあるが。

ふ、と一つ息を抜いて、左吉の目を真っ直ぐに見つめる。けれど、へんにょり、自分の意志とは関係なく、眉が下がって頬が緩んだ。大層情けない笑い顔なのだろう。それでも、

「ただいま、左吉」
「…おかえり、団蔵」

ふわ。再び、柔らかに微笑んでくれたから、そんなことはどうでもよくなった。
腕を伸ばして、体を引き寄せる。左吉の腕が背中に回る。すぅ、と深呼吸すれば、左吉のにおい。左吉が笑みをたたえているのが、気配だけで解る。




もう、重苦しい鉄錆の気配は、どこにもなかった。










「…あ、やべ、ちょっとむらむらしてきた」
「…お前な…」
「左吉が悪い。あんなに綺麗に笑うから」
「人の所為にするな」
「だってさー…」


『君の微笑みは世界を救います』


「んなわけないだろ」
「んなわけあるよ」



(だって)





(俺の世界を救うのはお前)





………………………………………

『喧嘩する程なんとやら』様に提出させて頂きました。

左吉の微笑みは世界を救います←
お互いに救われていれば良いのではないかと!


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あきゅろす。
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