悪夢
ぱち、と目を開けると知らない天井が目に入った。
しばらくそのまま動かないで、そのうちここが宿屋だってことを理解した。昨日いろいろあったしな、パスカルのとんでも暴露話から始まっていろいろと。
部屋には誰もいなかった。隅のテーブルに湯気の立つ皿がひとつ。
部屋を出て階段降りて食堂入って、一番近かったアスベルの背中に抱きついた。
「う、わっ!?」
「ゆきみち、あなた大丈夫なの?」
シェリアに言われたけど顔は上げられなかった。
「だいじょぶ…多分。眩暈なくなったし」
「ゆきみち、どうしたの?まだ具合悪い?」
「あはは、いやちょっと悪夢見てね」
…今更なんでニュクスの夢なんか。呟いた声は多分イカロスしか聞いてない。
アスベルはフェンデルに入って買った外套を着込んでいて、体温が伝わってこないから回した腕に力を込めてますます強くしがみついた。
「う…苦しい、離してくれ」
ごめん無理。ていうかなんでこんなん着てるかなアスベル。
生きてるよな、ちゃんといるよな?
いきなり首筋に何かが触れてぱっと顔を上げた。あれ見えにくい…。
「ちょ、ゆきみちどうしたの!?なんで泣いてるの?」
あ、マジでか。顔に手をやると濡れていた。うう…ことあるごとに泣くのいい加減直したいのに。
「熱は下がったようだな」
教官がグローブを嵌め直しながら言った。さっきのって教官の手か、びっくりした。
「…ぼくとしては、ゆきみちはここに残ってくれた方がいいのですが」
「やだ行く。下がってるから連れてって」
こんな夢見の悪い日に一人は嫌だ。必死で頼んだらヒューバートが溜め息で了承をくれた。こいつ俺に甘くないか?いや連れてってくれるならいいんだけどさ。
ちなみにその後シェリアからの注意事項でだいぶ時間が潰れた。間に合わなくなったらどうする気だ、いや俺のわがままが原因ですけど。
「それではこれより、大輝石から原素を抽出する実験を開始いたします」
流氷の中、そこだけ広く抉りとられた空間に大輝石があった。今はごちゃごちゃと機械に繋がれて、研究者が忙しく動き回っている。…いた、カーツさん。
そしてよけーなこと言うのが一人。
「これだけか?期待していた程の光ではないな。もっと出力を上げよ」
言ったのは髭面のおっさんだった。えっなにヒトラーじゃなくてビスマルクなわけ。えービスマルクって宰相じゃなかったっけ。じゃなくて。
「カーツ!これ以上実験を続けさせるわけにはいかん」
カーツさんは一瞬「やっぱりか」って言いたいような複雑な顔をして、結局部下に指示を出した。
「……侵入者だ!取り押さえろ!」
そうして自分も武器を構える。あーもう相手してる暇ないんですって!
「パスカル、先行って装置止めてきて」
「そうしたい、けどっ」
ぱぱぱっ、パスカルの足元の雪が銃弾で跳ねた。くそう何したいかなんとなく理解していやがるな。
「だいじょぶ、イカロスに連れてってもらお。イカロス!」
イカロスはすぐさまパスカルをひっ攫って装置まで飛んだ。ふははびびってるびびってる。
イカロスはパスカルを装置の前で降ろして、そのまま黒服たちに向き直った。邪魔はさせないってか。あっは、かっくいー。
「…で、俺どうしよう」
やばいめっちゃロックオンされてる。避けるの無理だってこれ。やだ嘘俺死ぬ?
「ゆきみちっ!」
ぐい、と襟首引かれてバランス崩した。俺に銃口向けてた数人は何かに弾き飛ばされて、それは回転しながら教官の手に戻る。
「無事か!」
「う、うぃす!」
「早く下がって!」
ヒューバートが片手だけ銃を撃ちながら言った。なんで片手、と思ったらまだ俺の襟を掴んでいる。だったら離せ。
「うーくそ役に立たない…」
うっかりアギ使って大輝石と連動するのが怖いので、大人しくシェリアのとこまで下がってアイテム係してました。
カーツさんが膝ついた時点で黒服はほぼいなくなってたからパスカルのとこまで走った。
「パスカル、止まりそう?」
「駄目…出力が最大になってる。いつ暴走が始まってもおかしくないよ!」
言い終わるとほぼ同時、大輝石の光が強くなった。ちょっと耳鳴りもする…まずいってこれ。
「緊急停止装置とかついてないわけ!」
「そ、それが…まったく働かなくて…」
怒鳴った勢いに押されて研究者の一人が言った。働かないじゃねぇよどーすんだよ!
「こうなったら一か八か……大輝石と装置を結んでるパイプを!」
パイプって…あのでかいやつか?
「馬鹿言え明らかヤバそうじゃんよ!近寄るのだってまずいだろ!」
イカロスはさっき俺の中に戻った。イカロスの主属性は火炎だから大輝石に影響されて不安定になってるらしい。うっかりこっちが暴走したら笑えないからイカロスに壊してもらうのは却下、あと遠距離から輝術とヒューバートの双銃と教官の剣…いけるか?
「こうなったのはあたしの責任だもの…なんとかしないと!」
「って、待てパスカル!」
人が必死で考えてる横で暴走しないでほしいんだけど!?
止めようとした手は間に合わなくて、駆けてくパスカルを止めたのは横合いから出された槍の柄だった。
「君にその役はさせられない。私に任せろ」
カーツ、さん。…だから人の話聞けったら!
「駄目だやめろ…カーツさん!」
「カーツ!」
カーツさんの槍がパイプを貫いた。
黒い影がカーツさんを喰う幻覚が見えた。
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