手を伸ばす、手を取る
<……なぁラムダ、この世界をもう一度見てみないか?>
アスベルの声の調子が変わる。ところでその意見には大賛成だ、ソフィともどもそこの世間知らずには教えてやりたいことが山ほどある。
<俺の中に入ったまま、一緒に生きることで、だ>
……おいおいおいそれって大丈夫なんだろうな?
<……我はお前を浸食する
お前の領域は次第に薄れていくだろう>
不安を煽ることを言うなよお前は!
でもラムダが、拒否しなかった。いいのか。それでいいのか? その気になればエメロードさんみたく、全部を喰っちまうことだってできるんじゃないか?
<俺はお前に乗っ取られたりしない>
<不可能だ
人の身で抗いきれるものではない>
ねえ、それは、積極的にアスベルを取り込みにいかないってことだよな?
<やってみなくちゃわからない>
今は閉じているアスベルの目が、強く光るのが目に浮かんだ。
<俺がお前に取り込まれてしまうかどうか……それも含めて、お前は見ていればいい>
<……お前はそれでいいのか>
むしろそれ俺が聞きたい、お前はそれでいいのか、ラムダ。それでお前は構わないのか。
どきどきした。緊張した。何にか、は、わからない。
<我を消せばすべてが終わるものを、なぜ……>
終わらない。とりあえず俺が納得しない。多分お前が考えてるより、世界にとってのお前の価値って重たいし。
<お前を消すとなると、ソフィも一緒に消えてしまうからな
それに……人間にも可能性があるんだってことを、お前に見せなきゃ気が済まない
この世界を終わらせようとしたことがいかにとんでもないか、それもわからせてやる
いいかラムダ、お前は何もわかってないんだ
さあ、手を取れ>
……アスってほんと頼りになる。半分泣きながら思った。俺の言いたかったこと言ってもらっちゃった。
アスベルが、あのちいさなヒューマノイドに手を伸ばすところが見えた。想像の範疇でしかないけど、多分そう間違ってはいない。
<……断ると言ったら?>
<……俺がお前の手を取るだけだ>
アスベルかっこいい! やばいかっこいい! 口塞いどいてよかった叫ぶところした! 俺今すごい泣いてるんだけどなんでだろう。わかんない。
<どちらが先かなんて関係ない
手は、つなぐことに意味があるんだから>
ああ、俺には言えないセリフだ。俺は手を伸ばして待っているんだ、いつも。向こうがこちらに来てくれることを待ってる。だって俺は、相手の抱えてるものひっくるめて受け入れられるほど強くない。そんな勇気は俺にはない。
太陽に近付きすぎた子供、逆さまの俺の鏡像。
<あくまで我と共に生きるつもりか
油断していると、お前の脆弱な自我など簡単に乗っ取ってしまうぞ>
<そう簡単に乗っ取られたりしないよう、こっちも本気でやらせてもらうさ>
アスベルは徹底抗戦の構えのようだ。ポーズかな、どうだろ。ラムダそのものとどうこうするつもりは、あまりないように思う。
<……これからはお前と我と、二人だけの戦いになるということか>
<ああ、そういうことだな
俺は望むところだ>
あっさり頷いていやがるが待てお前、俺らがお前らほっぽって全部任せっきりにするとか思ってんのか。ふざけろうざいくらい口出ししてやる。
沈黙が降りた。俺は少し安心していた。ラムダがアスベルの手をとらないわけがないと思った。
一度得て取り上げられたもの、今更それを手放すなんて思えなかった。
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