まだ、いきもの である。
声がする。声が届く。それがどれだけ嬉しいか、まんま千年の孤独を体感したお前が知らないはずがないのに。
ラムダの口調は威圧のために覚えたのかな、と思う。精一杯に自分を強く見せるための鎧。コーネルさんもエメロードさんも千年前だからって言葉遣いが違ったわけじゃないし、多分後付けなんだろう。
ばけもの、に、ふさわしい口調。無理矢理つけられたはずの仮面を、自ら外さなくなったのはいつだ?
ちいさなこども。仮初めのそれは、未成熟だったラムダの精神をよく表した。
要求された成長。ライオンが子供を崖から突き落とすのにも似た。込められたのは慈愛でも願いでもなく、ただただ害意だったけれども。
でもコーネルさんはきっと、ラムダの幸せを願っていた。そう思ったとき、視界が明るく開けた。
かえるかい? と訊かれた気がした。首を横に振っておいた。俺はまだ、こいつらの旅の終わりを見ていない。
「───がっほ! ごほっ、けほっ」
喉が激しく空気を行き来させていることにしばらく気付かなかった。気付いたら体中痛くてまたむせた。あーこれ知ってる、アバラ、と、左腕イったな。
血の匂いはしなかった。ええっ内蔵イってないの視界塞がれて結構たったと思ったのに。
『まだ五秒経ってねぇよ』
不機嫌なイカロスの声がした。傍らに立つ「自分」にへらりと笑う。
「あら五秒も人のこと押し潰しといて殺さなかったのラムダってば。優しー」
『……治療しねぇぞてめぇ』
ぎん、とマジな顔で睨まれたので平謝りしておいた。痛いよ、結構。頭潰されなくてよかったー……。
「イカロス、ゆきみちは!」
がきん、振り下ろした刃を羽の一枚で弾かれたアスベルが言う。ご心配おかけしました、ハイ。
後光背負った天使さま、みたいに具現化したラムダは、その羽の一対を使って俺を捕まえて締めあげてきたのだ。ちょっとやばかった。上半身掴まれたからダメかなとも思ったんだけど。
緑色の羽が、今度はソフィを掠める。それに焼け焦げた跡だったり氷の欠片だったり、の痕跡を見つけて嬉しくなった。
『バカ言えるくらいには無事らしいぜ!』
「いやらしいってお前」
突っ込もうとしたら悲鳴が聞こえた。───シェリア!
「きゃあああああ!」
「シェリアっ!」
「俺が行く! みんなは前出てて!」
ラムダの放ったビームが射線上にいたシェリアを貫いた。軽くバウンドしたシェリアに駆け寄りながら召喚器を構える。
「ソフィの出番とか言ってくれるなよ……イカロス、ディアラハン!」
結局蘇生のスキルを使えずに終わった俺は、いつも祈りながら引き金を引く。
間に合え、と。
まぁそんな感じで戦闘中なわけですが。
「馬力そのものが違うからなー」
くそ、と毒づいてグミを噛んだ。アップルグミとかでなくて、ほんとにお菓子のグミ。疲れたときには甘いもの、はこの世界でも有効らしい。
「体力無尽蔵にもほどがあるぜー」
世界を維持するだけの原素を抱えている。それを散らしちゃえば、ラムダは今の体を維持できなくなるはずなんだけど、やっぱりちょっと無茶っぽい。
どっちが先に耐えられなくなるか、なんだよな。俺たちとラムダじゃなくて、ラムダの抱えてる原素が結合を止めるか、大量の原素をラムダが抱え続けられなくなるか。
どっちに転んでも、ラムダが弱体化するだけで倒すことにはならないんだけど。
「あーうざい! マジうざい! そろそろ倒れようかなーとか思ってマジで!」
「他力本願は感心せんな!」
ぶわわっ、と飛び出した原素の円錐を避けながら教官が言った。以外と余裕ね。……そうでもないか。
「っと。……教官その腹、今の傷前の傷どっち!」
「前のだ! 治療はいらん!」
みんなして傷だらけで、服の至る所に血の染みがあるから、ぱっと見じゃその怪我が今つけられたものかもう塞がってるものか判断がつかない。一手間めんどいなくそう。
「シアンディー……ひゃあ!」
「下がってください!」
水の乙女を喚ぼうとしたパスカルめがけ、何本もビームが放たれた。寸前でパスカルをさらったヒューバートが、不安定な体制のまま双銃を放つ。
「はいはいこっち見なさいねっと。ヒュー、怪我は!」
「無事です!」
「あたしも大丈夫!」
目のあたり(意味あんのかねアレ)を狙いながら大声出すとすぐさま返事が来た。距離が開いたのをいいことに詠唱始めるあたり流石だよね二人とも。
「二人とも下がれ!」
アスベルの声が飛んだ。この場合の「二人」はラムダに一番近い俺と教官だと思われ、ってえええええ。
「ナニする気なのよアスってば」
「いや、シェリアだ。見ろ」
ちょっと離れたとこにいたソフィの近くまで下がると、シェリアが祈りを捧げるような両手をふっと解いたのが見えた。
「───ディバインセイバー!」
ざんざんざんっ、とラムダのいるあたりに何条もの雷が落ちる。
あー……マハジオダインとか真理の雷とかを思い出す光景だね。
これで決定打にならないとかどんだけよ、とか思いながらイカロスを喚んだ。人型で。
『なに?』
「ちょっと焼いてきて。目のあたり」
『グロ』
くすくす笑いながら一度消えたイカロスは、ラムダの目の前に姿を現した。
な、
『コンニチハ』
にっこりと、見た目だけ華やかに笑ったイカロスは、俺の言った通りに容赦無くラムダの目を焼いた。
獣じみた声が響く。
「えっ痛覚あったの?」
「て、ゆきみちひどいな!」
「えーだってどうせ仮の体なんだし痛覚とか触覚とかつけてないんだと思ってたー……」
じゃあ今まで術スキルでぐらぐらしてたのって衝撃に押されてたとかでなくて普通に痛かったからなんだーへー、と感心してたらみんなに全力で呆れられた。ええっ普通そう思うよ!(思いません)
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