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明日に備えて
街に戻った後、教官がみんなに言った。

「よし。では今日はここで解散しよう。各自準備を怠らないように」

軍隊みたいだ、と思いながら返事をした。…とはいえ、俺個人が準備しなきゃいけないことはほとんどない。
とりあえず領主館戻ってきたけど…どうすっかな。

「みんな寝たかなー」

ベッドに転がりながら伸びをして、勢いをつけて起き上がる。

「……外出るか」

階段を降りてるとヒューバートに会った。

「……あなたもですか。早く休まないと明日に響きますよ」
「あいさー。ていうかもってなに」
「兄さんです。他の人たちも、なんだかんだと外にいるようですね」
「ふーん…」

じゃあ出てみようかな。と正面の扉に視線を流して気付いた。

「ヒュー、お前どこ行くの?」

部屋のある方とは反対の階段を上ろうとしていたヒューバートは、ふいっと目を逸らした。

「…息子が母親の顔を見に行ってはいけませんか」

え。
あ。
あー。

「……ごっめ、邪魔した」
「別に構いません。あなたも早く休んで下さい」
「ん、おふくろさんによろしく」

ヒューバートにひらっと手を振ってからも腹の底から笑いが込み上げて困った。
ヒューバートが自分からお母さんに会いに行く、なんて。……いつかそうなればいいって思ってたけど、実現したら笑うしか感想ないとか。
嬉しいのは確かなのでそのままにしていた。ら、メイドさんに変な目で見られた。

「ゆきみち?」
「お、ソフィ」

玄関からソフィが入ってきた。

「なにかいいことがあったの?」
「あったあった」

ヒューバートがケリーさんに会いに行ったことを話すと、ソフィも嬉しそうに笑った。

「ヒューバート、おかあさんと仲直りできたんだね」
「おうっ」
「……ねぇ、ゆきみち」

ふとソフィが真面目な顔になった。

「アスベルと約束したの。一緒にクロソフィの風花を見ようって」
「うん」
「……わたし……あのね、……えっと」

ソフィは口を開けては閉じ、あちこちに目線を動かして落ち着かない。

「……ずっと……わたしはラムダと一緒に消えるんだと思ってた」
「アスたちっつか俺も許さねぇよ?」
「うん……だけど、わたしはそこでおしまいなんだって思ってたから。ラムダを消した後のことなんて……考えてなかった」

きゅう、とグローブに包まれた手が固められた。

「その後のことを考えて……そしたら、今度は怖くなったの。ラムダにみんなが消されるのは嫌。でも……」
「全部が終わった後の世界に、自分がいないのも嫌?」

ソフィは俯いた。それが答えだ。

「……恐がってくれてどうも」

ぽん、と頭に手を置くと、揺れるすみれ色がこっちを見た。

「自分のいない未来を嫌がってくれてありがとう」
「ありがとう……なの?」

にっこり笑ってやる俺に、ソフィが首を傾げた。

「ちょっと前まで消える消える言ってたやつがそんなのいやだって主張始めたら嬉しいだろ」
「そうなの?」
「俺は嬉しーよ」

ぎゅう、と抱きつくと、ソフィはくすぐったそうに身をよじった。

「……ゆきみち」
「んー?」
「風花……見られるかな」
「ソフィが見たいんならそうなるように努力しろよ。なんにもしないやつにはなんにももらえないからな」

こくりと頷いて笑うソフィは、やっぱりただのかわいい女の子だった。


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