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体制を整えます
リチャードは呆然とイカロスを見ていた。腕が落ちて、当然落下した俺はその場に転がって咳き込んだ。酸素を体に取り込もうと喉が鳴り、乾いて張りついた粘膜が苦しくてまた咳き込んだ。
そしてリチャードは笑ったらしかった。

「……なるほど、こいつが貴様の宿主か」
『そういうことになるな』

イカロスが嗤う。涙で潤んだ視界でそれぞれが意識を取り戻しているのを確認して、また咳をした。

「下らんな」
『ああ下らないな。卑屈なくせに自意識過剰で自己顕示欲と自己憐憫に塗れた攻撃性は高いのにそれにすら怯える臆病者だ』

イカロスひっでぇ。半眼で睨む俺の耳に、パスカルの声が入る。

「───教官!」

そうだ、教官、傷は全部治したけど双剣刺さりっぱなら意味ねぇ!

「来いイカロス!」
『へいへい……』

やる気のなさそうなイカロスを連れて、パスカルと教官の側まで走る。シェリアも走りかけて、くらりと目眩を起こして膝をついていた。
おろおろと教官の側でへたり込んだパスカルに杖を握らせて、双剣の柄に手をかける。

「イカロス、ディアラマ。剣抜くのと同時。……教官、みっつ数えますからね」
「…ああ、……ッ」

脂汗をだらだら流した教官が頷くのを確認して、柄を握る手に力を込めた。

「さん、に……いちっ」

ずっ、剣を抜く生々しい感触と共に教官が呻いた。自分で口にあてがったらしいハンカチを見て、そういえば舌噛まないように何か噛ませてないと駄目なんだっけとぼんやり思い出す。

『よそ見すんなってのに』
「あ、うん」

イカロスが傷口にかざした手に、俺の手を重ねる。溢れた血が徐々に収まり始めた。
シェリアが駆けてきて同じく手をかざす。

「私がやるから。ヒューバートに剣を渡してきて」
「しまったそうだった。じゃ頼むな」

双剣を持ってヒューバートの方に走る。だから重てぇってのに! なんでこんなもん振り回せんだよ!
詠唱中のヒューバートがこっちをちらっと見て手を伸ばした。その手に剣を置くと、丁度輝術が完成したらしくってリチャード周辺にきれいな氷の十字架が浮かんだ。とりあえず見た目はキレイ。

「わー派手ー…ていうか容赦ねぇ」
「今さっき誰よりも派手な真似をしたあなたが言いますか」
「言いますよ。じゃ頑張れ」

ひらひらと手を振って若干不満そうなヒューバートを送り出す。
と、ヒューバートが双剣でリチャードの拳を止めた。
ぎりぎりとしばらく睨み合いが続く。もっともリチャードが睨んでるのはヒューバートではなくて俺のようだった。もっと言うと俺の背後に控えるイカロス。

「人間は弱い。群れを成しその中でも外でも争い、裏切り、疑い合い蔑み合い……それを知って尚人間の肩を持つのは何故だ」
『俺がお前と一緒だって?』

はッ、イカロスが鼻で笑った。

『ざけんな。
…俺は始めにこいつに問うた。俺は侵す者、蝕む者、いつかお前の心を食うがお前はそれでもこの力が欲しいかと』

イカロスは俺の影、俺の闇、俺の心に巣食った暗い感情を全部引き受けて形にしたもの。もう一人の、どころか俺そのもの。拒絶する理由は一つたりともないけど質問の意味はそれじゃない。
俺がイカロスを受け入れて何もなかったことにするか、他人の闇にすら向き合うか。

『その上でこいつは俺を力とすることをよしとした。……お前は違うんだろう、周り中敵だらけで心から先に死んじまいそうなリチャードに近付いて甘言を重ねてその体に入ったんだろう、いつかお前がリチャードを塗り潰す危険性なんざひとつたりとも見せなかったんだろう!』

リチャード(ラムダ)の赤い目がぎらりと光った。


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