炭酸シャワーと箱庭
進路希望調査票って敵だと思う。
「知らねぇよどの大学行くとか!」
ばん、とちゃぶ台を叩くと、ボトルのままの炭酸が危なく波を立てた。キャップが閉まっていないことに気付いて慌てて閉める。風雅が苦笑して、しっかり避難させた自分の分の麦茶を飲んだ。
「大学行く予定はあるんだ?」
「えーだって働くとか想像できない」
だらしなくちゃぶ台の上に顎を乗せると、ラベルの隙間から丁度泡が昇っていくのが見えた。ぱしん、と間断なく水面で割れる泡に、もったいないなと思う。
「決めないでいられるのは一年くらいだよ? 三年になったら文理と国立でクラス分けるし……それでなくてもうちの学校、学生でいさせてくれるのは五年間なんだから」
卒業できなかったら中退で中卒扱いだよ、と、生徒手帳をすっかり暗記しているらしい風雅が言う。俺は心臓の辺りがきゅうっとなって、少し温度が下がるのを感じた。
「風雅は」
「ん?」
「大学。どうすんの」
「行かないよ? ここの仕事あるし、正直大学に行く暇の方がないかな」
金銭面でも養い親への遠慮でもないセリフを口にして、風雅は笑う。きっと仕事の話だ、気が付いて、心臓の辺りがもっと苦しくなった。
風雅は笑顔を困ったようなそれに変えて、俺の頭のてっぺんに手を置いた。
「そんな顔しなくても、一年生の頃はゆきみちみたいのの方が多いよ。自分の適正と興味と相談しながら決めなね。時間は無限じゃないけど、決断迫られてるわけじゃないんだから」
ね、と言われても、胸の奥の冷たさはなくならなかった。
ひたひたと迫る実社会を忘れたくて、ボトルを開けて中身を煽った。思いの外きつかった炭酸が喉をぶっ叩いてむせて、風雅は慌てて俺の背中を撫でてくれた。
炭酸シャワーと箱庭
(俺はまだ、守られていたい)
お題:にやり/nearly
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