柔らかい筆記体
かりかり、
細い跡を紙に残してシャーペンが動く。
「…流」
「ん?」
もうとっぷり日は暮れて、降魔が刻も終わり頃。蛍光灯の下で白里が言った。
「帰れば、先」
「や」
白里一人にしたくないし。
俺が一人やだし。
帰り道暗いとなんか不気味だし。
白里がそう思うのは俺より強いからもっと嫌だ。
そう思うだけで通じるからテレパスらくちん、と思って隣の机でごろごろしてたらシャーペンのキャップの方で小突かれた。端についたアクセサリがこつんと当たる。
「ばか」
「だってー」
「いつ終わるかわかんないのに」
「あとどれくらい?」
「十題三セット」
英語のテストをさぼった白里は、ペナルティの暗唱文書き取りをこなしていた。提出は今日中、一般生徒の下校時刻まであと三十分。
「ギリ?」
「流が邪魔しなけりゃ」
「しないって」
「どうだか」
俺の頭をもう一度小突いて、白里はまた書き取りに戻った。
かりかり、
かりかり、
見てると白里のことを考えるし、そうすると白里は怒るから机に伏せて歌の歌詞でもなぞることにした。
かりかり、
かりかり、
しかし暇だ。
「だったら帰れ」
「一人で帰ったって暇倍増だし」
かりかり、
ことん
「おしまい?」
「ん、職員室行ってくる」
白里が立ち上がるのに続いて鞄を取った。
「いい来なくて」
「油断しない。いつひっ攫われるかわかんないよ?」
鞄持つからまっすぐ玄関行こ、と言うと、白里は返事代わりに溜め息を吐いた。
「ふふ」
「なに」
「白里の字がきれいだなって」
筆圧薄めで流れるようなそれはひどく優しくて、白里が本気で筆記体を書くと絵みたいになるのだ。抽象画。
「頭大丈夫か」
「大丈夫じゃない人には白里近づかないだろ」
「俺はセンサーか何かか」
叩かれたけど、白里が本気で嫌ならシカトじゃ済まないレベルのネグレクトを食らうのは知ってたから笑って流した。
柔らかい筆記体
(君を構成するものは皆ひどくやわらかでやさしい)
(俺はそれを知っているよ)
お題:にやり/nearly
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