WestendCompany.
さぁここへ来い、
囮でいい。
他の役には立たないし。
稲句あすか年齢十六歳、高校生兼罠師。
ちなみに罠師ってのはいたるところにあらゆる種類の罠を張る仕事で、高校生がこんなことやってんだから世も末だよね。
でもあたしがここにいるのは、仕事の特異性が理由じゃない。
あたしが霊視のできない依り童だから。
「あすか、…あすかってば」
「……んんんんん、あっ正守さんがめっさいい笑顔で手招きしてる怖…」
「…どーゆー夢見てんのあんたは…」
午前六時、同居人の凪に起こされて起床。
六時半、同じく同居人の凜と凪がつくった朝ご飯を食べる。
七時、三人して登校。
歩いてる間に紹介しておこう。五十嵐凜と亜苦夜凪。二人は幼馴染みで捨て子だ。あたしは両親が離婚して家出してきた小娘。たまたまここのひとたちと知り合いで、同じ時期に拾われた二人と同じ家に住むことになった。表向きはあたしの両親の家に二人が居候してて、親は仕事で出張中ってことになってる。はい暗い話おしまい。
凜と凪は、昼は学生、夜は「仕事」と二重生活をしてる。あたしは留守番。もしくは見てるだけ。仕方無い、適材適所というやつだ。
「ううっ佐井先生軽く催眠術師…」
古典の授業を睡眠時間にしたあたしは伸びをした。
「聞いてろ馬鹿」
「てっ」
凜に後ろっからはたかれて、がたっと椅子を鳴らした。
「ねーむいもんはしょーがないー」
「ごまかすな」
凜は半眼であたしを睨んだ。
言い忘れてたけど、凜は美人だ。男の子にしとくのもったいないくらい。真っ黒い髪は肩より長くて、素っ気無く後ろで括った紐をほどくとまんま女の子になる。本人かなり気にしてて、たまに悪戯してほどくと怒られる。
凜は髪と同じ黒の瞳をすぅっと細めた。
「…あすか」
「わかってる」
言いかけた凜を手を上げて止める。
哀しい瞳を見たくなくて、あたしはいつもの笑みを浮かべた。
「凜と凪が守ってくれるんだもん。絶対死なないよ」
だからどうか、あのしろいはなの様な笑顔を。
この一週間、二人は大物を追っかけていた。流石になかなか倒されてくれないらしい。
昨日の夜。
凪の目の前で、一人殺された。
わざわざこちらを振り向いて、真っ二つに引き裂いたらしい。
凪はキレた。
もう取り返し付かないくらいぶち切れた。
三日間くらい不眠不休で探しに行きそうな凪に、あたしは言ったのだ。
あたしが囮になると。
廃ビルの屋上。
工事が中止になったビルほど、喧嘩のしやすい場所はない。周り更地だから、誰にも迷惑書けない。
二人は大物を追っかけているはずだ。大体の出現パターンは割り出せている。
あたしは待っていた。
二人がばけものを燻り出すのを。
その力を削るのを。
それを補うために、ばけものが餌を探すのを。
その餌に、あたしを選ぶのを。
「さぁ…おいでませな…!」
ぶわりと生温い風、その中でにやりと嗤ったそれに、あたしはにぃと嗤い返した。
気付いてるか。
この真下から、あんた目掛けて、呪の書かれた柱が飛んで来てるのを。
あんたが罠を承知してるなら、
こちらもそれを承知してる!
…ばけもの退治の高校生二人と、霊感ゼロ霊媒体質の庇護者。
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