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WestendCompany.
流と小夜ちゃんその1‐2
 一泊はできることになっていた。一度は断った宿泊を、弟君への献礼を口実にごまかして、俺と小夜の寝床を確保した。同室なことには今更文句は言わない。どう見積もっても十五より上には見えない俺と小夜だ、間違いなんて起こらないというのが大前提だろう。まぁ俺もそんな気はないけど。返り討ち確実だから。
 戻ってきた小夜は煤だらけだった。
「どこから焼け出されてきたんですか旭野さん」
「焼却炉に。どうにか見つけましたよ」
 両腕に抱えていたのは大きな布の塊で、小夜はそれを床に放り投げた。
「後始末荒くて助かりました。あたしお湯頂いてくるのでこれ見てて下さい」
「なんか調べんの?」
「それはあたしがやります。色々探ってるのがばれたらしいので取り戻しに来るかもしれません」
「それ下手打ったっていわないかい小夜ちゃん」
「どっちにしろ喧嘩売りに行くんだから同じです」
「同じじゃないと思いまーす、ねぇ聞いて」
 小夜は着替えを持って禊ぎ場へ行ってしまった。泊まりの客にだけお湯を使わせてもらえるらしい。
 あてがわれた寝台にぽつんと残されて、俺はおおきく溜め息を吐く。ほんと勝手だ。さてどうしよう。
「結界でも結びますかねー」
 備え付けの蝋燭は二つ。自分の荷物からもう二つ出して、方形の部屋の四隅に置いた。
「凝った部屋でなくてよかったよほんと」
 欠けのある部屋の壁を結ぶのはめんどくさくていけない。安部屋のありがたさが身に沁みた。方位磁針を出して鬼門を確認し、塩を盛っておく。用法のよくわからない水で満たされた器を床へ。
 ということをやっていると、部屋の戸が軽く叩かれた。
「はーい?」
「申し訳ありません、備品の確認に参りました」
 知らない若い男の声だった。嘘くさい。日が落ちるどころか、夕食後の祈りの時間も過ぎた時分だ。そろそろ就寝の鐘も鳴るだろう。こんな時間に仕事っておかしいだろ。しかも一応客の手を煩わせて。
「すみません今ちょっと手が離せなくてー。荷物ひっくり返しちゃったんでまた明日来ていただけます?」
 寝台の上の荷物を本当にひっくり返しながら言う。ふっふっふ、うっかり強行突破されたときのための言い訳はばっちりだぜ。
「こちらも規則ですので……開けて頂けませんか?」
「着替え出てるんであんまり。見栄えのいいもんじゃないのでー」
 嘘じゃないよ!
 しかしこのひとしつこいな。じゃあ後回しにしますとか言って一回引けばいいのに。あんまりしつこくするとこっちだって気分良くないんだけどな。
「どうしても開けていただけないので?」
「開けたくないですねぇ」
 つーか、小夜一体何持ってきたんだろ。布の塊にしか見えないんですが。これも煤まみれだし……あっ燃えた跡。無理矢理持ってきたんかい。
 呆れながら布を広げる。適当に広げた布に、赤黒いものが付いていた。
「……は、」
 血の跡だ。
 どんっと戸が叩かれた。
「このドアを開けなさい……汚らわしい異教徒め!」
 わーお否定できない。俺んち浄土宗だし。つーか俺の師匠神道の巫女だし。でもいつばれたんだろう。そんなわかりやすいことはしてないと思うんだけど。
 がんがん叩かれる部屋の戸に眉をしかめつつ壁を結ぶ。無理矢理ぶち破られたら殊だしね。しかし過激だなー他の人の迷惑になるよー。
「弟君の喪に服しているときに聖堂へ入り込むなど……何が目的だ!」
「俺は先代の約定に従って杯を受け取りに来ただけですってばー」
 正確には小夜だけどな。
「先代を謀ってまで何を企んでいる……!」
「知るか。先代って何年前ですか。下手すると俺生まれてないんですが」
「うるさい!」
 人の話はちゃんと聞こうぜ。俺は溜め息を吐いた。さっきから天井もがんがん叩かれてんだけどこっちは何かな。この血糊付きの服取り返しに来たのかな。
「……あら」
 いきなり天井の音が止んで目を丸くする。なんだろ、諦めたのか? にしても廊下のお兄さんしつこいな、喉枯れるよ。つーか手ぇ壊すよ。
「ごふッ」
「え」
 なんか不穏なうめき声した。内心びびってると、さっきよりよっぽどおとなしく戸が叩かれた。
「流、あたしです。開けてくれなくてもいいけど返事は下さい」
「いやいやいや普通に開けたげるからそういう素直じゃない科白吐かないの」
 こういう話し方で本人だって特定できるんだけどね。俺は壁を外して戸を開けた。……なにこの倒れ伏した方々。
 ぴたっと固まった俺に、小夜は咎めるような目を向けた。
「無警戒に開けるのやめましょうよ、何かあってからじゃ遅いんですから」
「いやあんなややこしい言い回しする偽物いないから。つーかどっちかってーとお前のがよっぽど危ないから」
「それもそうですね」
「そこは否定しようか。あとなにこの死屍累累」
「生きてますよ」
「いやそうではなく」
「とりあえず手伝ってください、目立つので」
 割と俺の話は無視で小夜はずいるずいると意識のない誰かさんを引きずりだした。おま、もうちょい運び方あるだろ。
 どうにか狭い部屋の中に全員を収めて、俺はベッドに転がって一息吐いた。小夜は縄使って気を失ったままのお兄さま方を数珠繋ぎにしている。働き者め。
「つーかこの人ら誰よ」
「天井裏の騒音の主と、戸の前で騒いでた修道士です」
「ちょ、修道士はまずいだろ!」
 暴行罪!と飛び起きたら、「夜も遅いのに廊下で騒ぐのはいいんですか?」って小夜が言った。いやもうちょっとさ!やり方がさ!あったんじゃないかなとか!
「あーもう……この人「この異教徒が!」つって殴り込んで来たんだぜ?暴力で黙らせちゃったらますますなんか言われんじゃん……」
「言われませんよ」
「その根拠は?」
「このひとにそんな情報吹き込んだ人が黙るからです」
 全員を繋ぎ終わった小夜が立ち上がった。よく見ると修道士さんだけが別に一人だけ縛られている。顔見てないのに特定できるのは、残りが全員揃いの黒服を着込んでいたからだ。顔も布で覆われて見えない。こんな格好するのは、よっぽど肌を出しちゃいけない仕事をしてる人だろう。汚物処理係とか、養蜂家とか、人に言えない仕事とか。
「小夜、今度は誰に恨まれたわけ?」
「弟君を殺したひとでしょうね。今から確かめますけど」
 小夜はおもむろに黒服の一人を蹴り飛ばした。ぐぅ、と蹴られた一人が呻く。
「旭野さん拷問はやめてください」
「寝てる人の頭の中入るの大変なんですよ、どこに繋がってるかわかったもんじゃない」
「普通は寝てた方が抵抗少ないから楽って言うと思うんですけどー?」
 俺には一瞥もくれずに、小夜は黒服の額に自らのそれを合わせた。布の隙間から見える黒服の目が大きく開かれる。俺はこっそりと合掌した。かわいそうに。しばらく頭の中ごちゃつくだろうな。


 こうして天井裏にいたのが聖主長の差し金の方々だという確信をもらって、小夜はみなさまに丁重にお帰り頂いた。縛り上げたまま廊下に放置しただけだけど。夜が明けてから廊下に出ると、跡形もなくなっていた。ちなみに修道士さんはちょっと記憶が飛んだらしく、廊下で倒れてmしたよーとか言ったらぼーっと頷いてくれた。ありがたい。
 で、今。
「何のご用ですかな」
 聖主長が一人書き物をしている書斎に乗り込んでおります。例によって窓からです。俺は止めました。一応。付いてきてるから同罪かなHAHAHA。
 俺は若干逃避気味に書斎を観察した。本棚、細工物、食器の棚。あ、あの絵きれい。双子を抱えた聖人像。宗教画っていいよね。
 小夜は文机の前で堂々と言った。
「弟君が、冤罪を哀れんで慈悲を請うておいでです。牢にいる運び屋を出していただきたい」
 聖主長が呼び出し用の鈴を手に取った。小夜はそれを叩き落とした。鈴は鈍い音を立てて床に転がった。
 聖主長はそれを目で追って、ゆっくりと指を組んだ。
「……冤罪を疑う理由は何かな」
「弟君があなたに殺されたことを覚えていらっしゃった。あたしはそれを聞いただけです」
「それを信じろと?」
 聖主長の表情は穏やかだった。何も読みとれない。もしかしたら、何も考えていないかもしれない。そのくらい静かで、なんにもなかった。
「あれの葬儀は終わった。すでに主上の御元にて、安らぎのときを得ているだろう」
「信じなくても構いませんが、あなたが部屋に手のものを放ったことは事実です」
「私が? 何を馬鹿な」
 だんっ! と小夜が文机を殴った。
「うそつき」
 突然の乱暴に反して、響いた声はたいそう静かだった。だからって怖くないかと聞かれたら断じて否を唱えるけれども。
 それっきり二人とも黙り込んだ。俺は実に居心地が悪い。つーか俺いなくていいよねこの感じ。
「……弟が言った、という以外の理由は?」
 沈黙を破ったのは聖主長だった。
「あたしが焼却炉から持ち出したものはご存じですよね」
「なぜかわざわざ報告が来たのでな」
 焼却炉の話?ていうかそもそも漁るのにも許可いりそうな感じだけど多分ぶっちぎったんだろうな。小夜だし。あー番の人ごめんなさい。
「あたしが頼みました。僧服を一着、焼却炉からいただきます、と。その人は言ったかもしれませんね、それには血の跡のようなものがついていた、と」
「……それって、」
 部屋の隅っこで小さく呟いた。昨日の夜、詳細聞きたくなくて黙ってたあの血の付いた焦げた布。煤けてはいたけど、大聖堂を闊歩する修道士の服と同じものだった。弟君の見せた映像を思い出す。倒れた床から見上げた聖主長は、いつものように礼服を着込んでいた。
 そこで俺は首を傾げる。聖主長は溜息を吐いた。
「……罠か」
「当然です。あなたが血の付いた服を処分したのはいつですか? 少なくともこの数日以内ではないでしょうね」
 そんなに時間が経っているのに、燃え残っているわけがない。何より、小夜が焼却炉から持ち込んできたのは、普通の修道士の服だった。聖主長が普通の僧服を着るわけがない。特に催事のないはずの今日も、聖主長は修道士たちより数段豪華な礼服を身につけていた。
「血の付いた僧服から弟君の件を連想できるのはあなただけです。弟君を殺したのは外部の者だと、みなさんそう思っていらっしゃるから」
 だから小夜の部屋を襲わせた。何も知らない修道士に言って部屋を調べさせた。
 そこでまた、俺は首を傾げる。なんか随分荒い、ような。もっといろいろやりようはあると思う。天井裏のみなさんと、戸を叩いてた修道士のお兄さんが鉢合わせしたらまずいんじゃないだろうか。うっかり殺しちゃったら大問題になるんじゃ。ん、そのときは俺と小夜のせいになるのか?
「裁かれたいならもう少し考えて下さい、最初から名乗り出ればよかったのに」
 小夜が言った。聖主長は答えない。
 待って。わざと? わざと小夜がここに来るように?
「社会的な立場というのは、なかなか面倒なものでね」
 にこりと笑った聖主長の顔は、やっぱり空っぽだった。……いみが、わからない。どういうこと。他人を身代わりにしてまで罪を被りたくなかったのに、なんで今更。俺と小夜が来たのは、弟君が亡くなってからしばらく経ってからなのに。
「なんで」
 呟いた俺に、聖主長はにっこりと笑った。
「責任ある立場に立ったことはあるかい?」
「ありません」
 そうしようとも思わない。俺は俺の命より重いものを持ちたくはない。背負いたい人が背負えばいい。同時に俺は、自分の命より重いものを背負ったとき、俺が何を思ってそうするのかを楽しみにしている。それくらい大事なものを持つときを楽しみにしている。
「だったら覚えておくといい。高いところに立つと、降りるのが難しい」
 このひとは。
 立場に飽いている。
 そのためだけに弟を殺したのか、そう思うと背筋が寒くなった。退屈は人を殺す、ってのはよく言われるけど、その前にもう一文追加するべきだ。退屈は人を狂わせる。
 小夜が溜め息を吐いた。
「あたしが弟君に依頼されたのは冤罪を晴らすことであってあなたを裁くことじゃない、後のことはご自分でどうぞ」
 冷たく言い切って、小夜はきびすを返した。普通に扉を開けて、出て行きざまに振り返る。
「牢屋の運び屋さんのことだけお願いします。それではこれで」
 失礼します、と小夜が頭を下げた。俺は小夜と聖主長を見比べて、結局何も言えずに小夜の後を追った。
「……いいの?」
「何がですか」
「えー……なんかさぁ」
 後味が悪い。結局運び屋の冤罪が晴れただけ、もしかしたらあの聖主長は、また同じようなことをするかもしれない。それについて何かしておかなくていいんだろうか。つっかえながらそう言うと、小夜は冷たく「そこまで面倒見切れません」と言った。
「そもそもやりすぎないように言ったのは流だったと思いますが」
「いや言ったけど」
 だってほっとくと何するかわかんなかったし。普段よけいなことばっかするくせこういうときだけ素直なのやめようよね。ここはよけいに手間かけていいところだと思うよ。
「命の代償について考えるのはあのひとです。どれだけ重いか、購うにはどうすればいいか、ご自分で考えるのがよろしいかと」
 小夜の目がきらっと光った。そこで気付いた。小夜が怒ってる。
「お前、まさか」
 まだ弟君に怒ってるのか。
 小夜は返事をくれなかった。それを肯定と取るのは怖かったけど、否定には取れなかった。小夜は、聖主長を放置することで、輪廻の輪に乗った弟君に、余計な業をつけようとしている。
 俺は弟君に同情した。あのひとは、完全に頼む相手を間違えた。


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