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WestendCompany.
その真円は凶兆という。
最近遠出の行き方を尋ねる文が多くて、何事かと思っていたら直球で書いてくる人がいて謎が解けた。

曰く、とある山中の屋敷の姫に目通り願いたく、日時と方角を占じて欲しい。

女目当てかよ、と溜め息を吐いた。噂で聞いた麗人はこれだろう。本当に、本気で、美人らしい。
ちなみに文に対する俺の返事はこうだ。

「……そもそも、その方と謁えることが吉とは言い難く。その方のさだめは別れと涙であざなわれ、さだめの主の心がそれをより確かなものにしております。その方は、自ら縁を切るために動いていらっしゃる。いたずらにお心患わせるよりか、取り止めになった方がよろしいかと」

肩を落として出ていく人を見送って、一人部屋に残された俺は溜め息を吐いた。
本来方角を瞰るだけでよかったのに、ふと思い立って姫について占じたのが始まりだ。
愕然とした。後世の学者は喜ぶかもしれなかった。
姫は人間じゃ、ない。

「放っておいてあげればいいのに……」

珍し物好きの京人が、噂を聞き付けて続々押し掛けているらしい。多分この国に馴染めない自覚がある姫は、必死になってその人たちを弾こうとしていた。
せめて、と俺に来る人たちは諦めるよう言い聞かせてるけど、他の陰陽師に聞き直す人もいる。星の巡り合わせは日々変わっていくものだ、そこで吉が出れば勇んで出かけていくだろう。

「……逃がしたげた方がいいかなぁ」

溜め息を吐いて立ち上がる。平安時代のいいとこは、午後にはもう仕事から解放されるところだ。






お屋敷の場所は散々聞いたから覚えていた。俺元々二十世紀の人間だし方角とかいいだろ。つーか京の方があやかし的な意味じゃ危ないって。
竹の隙間から屋敷が見えて、俺は溜め息を吐いた。ここ、裏側です。正面は人が多かったので。
塀に手をかけて飛び越えると、括った髪のあたりがちりっとした。───結界?

「だれっ」

ぱんっ、と鼓膜を打った澄んだ声、この人が姫か。
顔を隠すのも忘れたのか、意志の強い目が真っ直ぐに俺を見ていた。白粉を塗る前らしく眉を剃った額は晒されている。俺は小さく、そうだろうなぁと呟いた。
肌が白い。バター色と称される、モンゴロイドの肌の色じゃない。

「……不法侵入失礼。少しお悩み相談室でも開こうかと思って」
「人を呼ぶわよ」
「ご自由に。逃げるし」

肩を竦めて、一言投げた。

「逃げたい?」

てきめんに顔色が変わった。泣き出しそうな姫を見て、ああ、と思う。女の子だ。ただの女の子だ。この屋敷の主、元は木こりの老夫婦だとか、その人たちは、姫を立派に「人間」に育てたらしい。
女の子はがたがた震えながら、それでも首を横に振った。

「なんで。って聞いていい?」
「……何もしなくても……私はもうすぐ、ここを去る」

ぎ、と上等な絹に爪を立てて姫は続けた。泣きたいのか、嗤いたいのか、それとも俺をなじりたいのか。本人にもきっとわかってないんだろう。

「最後まで、ととさまとかかさまの側にいるために、私はここにいなくちゃいけない。だってこの家は、私がいなくちゃ成り立たないんだもの」

求婚者のほとんどが貴族だ。手土産は、自然上等になる。そのおかげでこの家は回っているのだと、陰口混じりの噂で聞いた。

「出てもいいと思うけど。お金なくたって幸せになれないわけじゃない」
「ととさまもかかさまももう随分なお年なのよ! 二人に働けなんて言えない、女の私ができることなんて自分を切り売りすることだけ! どっちにしても同じなら豊かな方がいいじゃない!」

ぼろっ、と頬を転がっていく涙に、白粉塗る前でよかったなぁと思った。遠慮なく泣いてるから、化粧の後だったらきっとひどいことになってる。

「私がいなくなった後も、苦しい思いなんてして欲しくない……ととさまとかかさまに何かあるくらいなら……」

姫は自分を抱き締めて床にくずおれた。あ、声がする。人来ちゃうか。

「……あんたがいない方が、二人には苦しいだろうよ」

それだけ言い置いて、俺は塀を乗り越えた。姫の泣き声が追いかけてきたけど、どうにもできなかった。






しばらくして、姫が消えたと噂で聞いた。姫のせいで死んだ人たちを弔いながら、俺は香の煙を目で追った。
姫が昇ったという天上、死んでも尚追いかけずにいられない恋を思う。





…あの夜の月は、本当に月だっただろうか。


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