WestendCompany.
世界の真ん中、始まりと終わりの間
宿屋で部屋をもらってから気付いた。
「ちょっと出てくるねー」
「気をつけてね」
夕飯が済んだくらいの時間だったからそんなに止められなかった。
ぱたぱた駆けてって角をいくつか折れた先、周りが壁ばかりの路地裏に直刃が立っていた。
直刃は月明かりにきろりと光る瞳でもってあたしを見て言った。
「馬鹿」
「…あたし悪くないと思うんだけど…」
うっかり学校の帰り道で世界と世界の隙間に入り込んで、出られた先がこの世界だった。今一緒に宿に泊まっているのはその後すぐ会って拾ってもらったひとたちだ。
肩を落としたあたしにも直刃は容赦なかった。ていうか直刃は基本ひどい。
「うっかり落っこちたのは別にいいとして、なんで連絡入るのが三日後なんだよ。前触れ無しの世界移動は座標の特定に時間がかかるって言っといたはずだけど? 迎え遅れるから報告は早めにって俺言ったよな?」
「世界がたくさんある」ことをずいぶん早くから知っていた直刃の知り合い(正確には、直刃の幼なじみであるリオちゃん、のお兄さんの同級生)のご先祖さまは、とっくの昔に世界と世界を行き来する方法を見つけていた。
仕組みはよくわからないけど、世界ごとにある目標に向けて通路を作るらしい。
で、世界から落っこちたひとを拾いにいく(この言い方はどうかと思うけどしょっちゅう「拾われて」いる立場では何も言えない)ときに落ちたひとを「目標」にするらしくて、そのひとの現在地を調べるための連絡機器も持たされていたりするの、だけど。
「いやー…なんていうかー…忙しかったですー、みたいな?」
あたしは冷や汗かきながら両手を上げてじりじり下がった。降参です怒んないで。
ペンダント型のそれをうっかり押収されそうになったとか言えない。鎖切れてなくすところだったとか言えない。怖すぎる。ていうかなぜわざわざあんな切り立った崖の上で鎖切れるか。谷底まっさかさまかと思ったし。
言わなかったけどばれたっぽくて(このひとたちの勘の良さはテレパシーとか占い師レベルだと思う!)直刃がきつい瞳で睨んで、溜め息を吐いた。うぅっその溜め息も怖い…っ!
「…結果落としてなかったからよしとしとくけど。お前それなくしたとか言ったら要さんに骨まで溶かされるぞ?」
魔具士要さん、得意な属性を火地風水で表すと火。
地雷は五個下の妹さん関連と製作物を壊すこと。
あたしは青ざめた。
「…肝に命じときマス…」
「そうしとけ。多分俺とばっちり食らうし」
「理由それ!?」
「あと怒った要さんは見てるだけで怖いから見たくない」
直刃は腕組みして「それで?」と言った。
言われなくても質問はわかってる。
─────お前これからどうすんの?
何度も落ちて、何度も聞かれた質問。このまま帰るか、あのひとたちと一緒に旅を続けるか。
あたしの答えは、今のところ一つきりだ。
「………まだいる。いたい。あのひとたちほっとけない」
そして直刃がそれを許してくれなかったことは、今のところ一度もない。
直刃は溜め息を吐いた。
「直刃は? 帰る?」
「や、いる。なんかでかいこと起こるらしい」
直刃が一緒に来るのはまちまちだった。たまに仕事のついでで来るけど、今日はその「ついで」らしい。
あたしはまだ会ったことのない命中率百%の占い師さんが、「ここでなにか起こる」と言ったという。
あたしは多分それを知っている。
「…"世界の改変"?」
「そう呼ばれてるのか」
「多分、それだと思う」
よくある話だ。抑圧されて育った能力の高い子供が世界に絶望して破滅を望んだ。偶然が重なってそれが実行可能になってしまった。
「…"万物の標"ってのがあってね、それを儀式の場所で使うと、この世界は滅びるって」
「どこにでもいるよなそういう傍迷惑なやつ」
小四の時点で世界の終わりに関わっていた直刃は、あたしたちが泣いたり怒ったり走り回ったりしたこと、それでも間に合わなくて死んでしまったひとたちなんかを一息で切って捨てた。それから今世界を終わらせようとしてるひとも。
「世界に絶望してるなら一人で死ねっての。生きたくて騙くらかしたり踏まれても蹴られても我慢したり泥棒したり人殺したりしてんだからさ人間」
「直刃の切って捨て方はちょっと狂暴ってか凶悪ってかひどいと思います!」
「知ってる。ていうか寝る前に挨拶行きたいから宿まで案内して」
「とか言いながら先行くし!」
直刃の背中を追いかけながら、この先きっと直刃のとんがってる性格とかキレやすいところとかスイッチ入って暴走したときとかにすごく苦労するんだろうなぁと思って溜め息を吐いた。
…破滅への序曲にしかならないとしても、何もしないではいられないのだ。
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