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WestendCompany.
始めから堕ちている。

 理不尽は理不尽で打ち返せばいいのだと、誰かが笑って言った。






 どうもこんばんは、ウエストエンドカンパニー中等部一年旭野小夜音です。びんぼーなんでバイトで生計立ててます。
 これは、少しだけ前の、お話。






 バイト帰りの満月の夜、周りに人気全くなし。
 普通怖い。
 あたしは近道をしようと、軽く膝を曲げて跳んだ。屋根の上走って直線で帰った方が早いから。…その発想がおかしいことは承知で。
 自分の発想に苦笑して、
 目を見開いた。
 あたしが跳んだ方向、人の目のかたちに夜を切り取って空いた混沌。

(ちょ、っと待っ…!)

 背を嫌な汗が流れた。






 何をする間も無く、あたしは「穴」へ落ちた。






 そこは森の中だった。
 どうにか意識を失わずにセカイを通り抜けたあたしは、ちゃんと足から着地して溜め息を一つ吐いた。
 上を見上げて、「入り口」が閉じたことを確認する。

「…あーもーそー来るか。つかあたし明日学校」

 どうでもいいこと言って落ち付いて、それから落とさずに済んだ鞄を開けて着替えを取り出した。制服で森の中を歩くのは遠慮したい。
 パーカとスウェットに着替えて、あたしはまた溜め息を吐いた。

「…順応性高いなぁ」






 道を見つけてそのすぐ側を歩いた。コンクリート整備されていない、土が剥き出しの道。タイヤの跡は無い。文化水準がわかるなあと、あたしは自分の姿を見下ろした。多分ぎりぎりごまかせる。
 道を歩かないのは人目を避けるため。道でうっかり誰かに会って、「女の子がどうして一人で」と訊かれて上手く言い訳できるかどうか怪しい。というか、あたしの格好と荷物からして、明らかに軽装に過ぎる。怪しまれること間違いなしだ。

『落っこちた人間はとりあえず落下地点から離れてから連絡すること。できれば人里で待機。』

 教わったことの一つだ。「穴」のあるところは、セカイの境が不安定になっているところだから、下手に「迎え」に行くと「穴」が広がって街一つ飲み込んでしまうらしい。もっと下手打つと国一つ。
 そんな訳で、あたしはとりあえず道沿いに歩いていた。上手くすれば街に出られる。結構道が広い。大きな街には余所者も多い。紛れ込んで日雇いの仕事でも探そう。
 旅行きにもいい季節らしい。ちらほらと花が咲いていて、さっき果物も見つけた。葡萄の様な赤色の果実。余り甘くなかったのは少し早かったからだと思う。
 野宿だったら何度もしている。大丈夫。
 言い聞かせて、足を止めた。
 自分の不幸加減に溜め息を吐いた。

「…無駄だろうと思いますけど、お金ないですよ。家焼かれて持って来れたの鞄一つなんですから」

 さらりと嘘を吐く自分に驚きながら、これであたしまだ十二だから売っても買い手付きませんよって言っても無駄だろうな世の中かおすだしなロリコンに見つかったらおしまい、とか思っていた。
 応えの代わりに鞘走りが聞こえた。
 袖口に隠してある短刀の切っ先を覗かせて腰を落とす。もう一つ、何か鳴ったら、あの枝に跳ぶ。
 目標を定めて、もう一度周りの気配を確認して、あたしは微かに目を細めた。
 一人増えてる。

「止めな馬鹿!
殺す気でかかってどーすんのさ!」

 女のひとの声、だ。
 ざわざわと葉が擦れる音と話し声がして、いかにもなお兄さん方が所帯なさげに茂みから出て来た。
 その、後ろ。

「悪かったねうちの馬鹿共が、あたしは連れて来い言っただけなんだけどねぇ」

 いい度胸してるよあんた、と笑った顔が、知っているひとにひどく似ていてそっと目を閉じた。
 あぁこういうひとはどこにでもいるんだ、と、思った。






 このひとたちが誰なのかと言えば、ざっくり言って盗賊だった。一応義賊気取ってはいるらしい。
 結構綺麗に手入れされている馬車の中で、あたしはそれなりのもてなしを受けていた。

「まぁ要するに、街に着くまで雑用でもやってくんないかなって話なんだけどもさ」

 クッション三つ置いた上に寝転がって、ヤナトと名乗った女のひとは言った。
 あたしはあっさり頷いた。

「構わないですよあたしは。地図ないし知り合いもいないですし、護衛兼用してまともに人間扱いしてくれるなら文句ありません」

「…あんたほんとに十二かい? 世渡り上手いにも程あるだろうに」
 即答したのが逆に怪しまれたらしい。あたしは正直迷って、これだけ言うことにした。

「…いろいろあったんで」

 ヤナトさんは、ふぅん、と言っただけで立ち上がった。
 馬車から降りたところで振り返って言われた。

「早く来な! 仕事だよ!」

「はい!」

 ちょっと笑って、すぐに後を追った。






 一日四度の食事の支度と馬の世話、馬車の掃除、ここまでなら普通。
 何であたしがお悩み相談室までやんないといけないのか。
 三日目に武器の手入れまで言いつけられた時には流石にキレた。

「素人に刃物触らせるとか何考えてんですか! 下手打って刃こぼれとかしたら損するの自分でしょうにむしろそこらの岩とかに叩き付けて差し上げましょうか!」

 周りが殺気立ったのが分かって更に頭に血が昇る。

「そこで怒るのは的外れだってことに気付きましょうよ! 腹立ててんのはあたしなんですからね! つーかだから、自分の得物他人に手入れさせるって時点でおかしいでしょうが!」

 ふーッ! と猫の様な怒り方をすると、ヤナトさんが出て来て、その場の殺気が収まった。
 勘だけで分かった。これ只の「試し」だ。

「やっぱりあんた、素人じゃないね」

 光る瞳がやっぱり知り合いに似ていて、目を逸したくなるのを抑える。ついでに次にどんな台詞が来るか予想できて、溜め息を吐きたくなるのも抑えた。

「あんた、あたしらのところに来ないかい」

「嫌です」

 きっぱり言い切って、まだ持ってた預かり物の短刀をそこらの幹に刺してヤナトさんの横をすり抜けた。
 ヤナトさんが溜め息を吐いて頭をがりがり掻くのが見えた。

「頭ァ!」

 見回りに行っていた人が戻って来て、ヤナトさんは鋭い目で問うた。

「見つけたか」

「予定より遅れてる様です」

「予定ルートが崖崩れで潰れて迂回したらしいからね。
準備始めな! 行くよ!」

 にわかに騒がしくなった周りに瞬きして、あたしは木の上とかで邪魔にならない様にしてようと駆け出した。
 腕を掴まれて止められる。

「ヤナト、さん」

「…一個聞きたいんだけど」

 今このときにさっきの続きか、とあたしが思い切り不機嫌な顔をすると、ヤナトさんはにぃと笑って言った。

「奴隷商人ってどう思う?」





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あきゅろす。
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