WestendCompany.
直刃のうちにお見舞いに行きました。
直刃が風邪を引いたらしい。
「珍しいこともあるもんだね」
「そうでもないよ。俺と直刃とリオで、季節の変わり目はしょっちゅう風邪の持ち回りしてた」
「持ち回りって…」
郎暉が買い物袋を下げてくすくす笑う。自分ちの夕飯兼直刃のお見舞いらしい。中学生のお見舞い品じゃないしそれ。
滅多に鳴らない着メロはとっくに解散してCDを探すのも大変なアンサンブルユニットのもので、直刃が小学生のときに大好きだった曲らしい。件名はなし、本文には「さみしいからこい くだものたべたい」。文句はしょっちゅうだけど泣き言は滅多にない直刃が本気で弱ってることがわかって昼休みに泣きそうになった。
だがしかし思春期まっただ中の女の子に異性の自宅に一人で行く度胸はない。少なくともあたしは無理。
というわけで直刃の幼なじみでありリオちゃんよりか病人の世話に適していそうな郎暉に「一緒に来て」と言ったところ、あっさり「いいよ」と言われてこうして歩いているわけだ。
「あたし制服のまんまでスーパーのレジ通ったの初めてだー…」
「そう? ていうか俺はお母さん亡くなってから再婚するまでの相里の食生活の方が気になるんだけど」
「………………過ぎたことを気にしても仕方ないよね!」
「ごまかすな」
頭叩かれた。手が早い辺り流石直刃の幼なじみ。
エコバック(郎暉の:りんご五個入り、重い)を持ったのと逆の手で行く手を見ると、住宅街に埋もれて(没個性的な意味で)直刃の家が見えた。
「…わー…」
「風邪引いてる音?」
「そんな感じー…」
なんかこうでろでろな、あと冷たく鋭い「さみしい」の音。
ほとんど癖のように片手を耳に当てると、郎暉が「帰る?」と言った。
「…んん、頼まれたのあたしだし。行かなきゃ直刃怒る」
「俺連れてった時点で駄目な気もするけど」
肩を竦める郎暉の「悲しみ」に包まれた狂いかけた愉悦にぞくっとして、立ち止まるあたしを置いて郎暉はインターフォンを押した。
直刃のうちにはちゃんとお母さんがいた。
お母さんは郎暉が来たことに喜んだ。
「昔っから直刃、郎暉のお粥食べたら次の日はけろっとしてたもんねぇ」
「どっちかってーと俺に移して治してましたね」
直刃と郎暉が近所にいたのって小学生の頃のはずなんですが。その頃から万能屋だったのか郎暉。そして自分の台詞に何か疑問を持って下さいお母さん。
あっさり開け渡された台所で郎暉は料理を始めて、あたしはとりあえずすりおろしたりんごを直刃の部屋に持って行く係になった。
緊張するんですけど。
起こすと悪いからノックなしで部屋に入ると、直刃が感覚をこっちに伸ばした感じがした。
「…あたしだよ直刃ー…喉きついなら喋らなくていいよー…」
俯せ(苦しくないのかな)に寝ている直刃の手が布団からちょっと出てぴくっと動いた。
直刃から聞こえてくるひりついた喉の感覚が気になって自分でも喉を撫でながら、そっと枕元に近付く。
「りんご。食べる?」
返事は拒絶だった。動きたくないらしい。
引っ込んでいた手がまたちろっと出た。
「手?」
「………」
喉風邪患者相手に「代弁者」は便利だなー、と思いながら手を握ると、そのまま腕引かれてお腹辺りに抱きつかれた。熱あるのに、それでもあたしの反射神経より性能のいい直刃の運動神経とか!
「ちょ、直刃!?」
「…さむい…」
ぐりぐりあたしのお腹に頭を押し付けながら、直刃はかすれた声で言った。
「寒いなら布団入んなきゃ、ていうか喋んなっつの喉風邪なのに!」
細いくせに力の強い直刃を引き剥がすのは無理で、そっちは早々に諦めたけどこのまま半分毛布から出たのが続いたら駄目なんじゃないかって気が気じゃなかった。
結局おろおろするだけだったあたしは、お粥を持って入ってきた郎暉に泣きついた。
「郎暉ー!」
「あーあ、ほら直刃、相里離したげて」
郎暉は魔法みたいに直刃の腕を外して布団の中にしまった。すげぇ。
仰向けになった直刃の目がゆらゆらしながら郎暉を見た。
「…ろうき…?」
「ん。ほら食べて。よくなんないよ?」
「…いい…めんどくさい…」
「食べなきゃ長引くじゃんか。薬効かないんだから栄養体に入れて自分で治さなきゃなんだからね?」
渋々口を開ける直刃に郎暉がれんげでお粥を食べさせる。
こんなに距離が近いのにこんなにわかり合ってないのか。
邪魔にならないように部屋の隅っこで、あたしはなんだか悲しくてちいさく鼻を鳴らした。
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