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WestendCompany.
かみさま気取り


「こんにちは」

「おう、あんたか。いつもご苦労さんだね」

「生活かかってますから」

 鍵番の初老の男性に営業用の笑顔を向けた俺は、見ない顔の藍色のローブの青年を視界の端にとらえた。






 ここは山の中にある魔導研究所だ。ちょっと来るのが面倒になるくらいの山奥で、それなりには有名らしい。
 俺の副業である魔法具作りがここのちょっと偉いひとの目に留まり、年に数回、一定の量の注文が来る。これで生計を立てている俺としてはありがたい限りだ。なにせ本業の「魔法使い」の方は、まともに稼ぐ方が珍しいありさまだし。
 とにかく馴染みの鍵番に挨拶して研究所に入った俺は、一人の青年に目を留めてそっと眉を寄せた。
 魔導研究所なのだし、ローブを着ているのはむしろ普通。あまりくたびれた様子ではないからそう忙しくもないのか、身の回りに気を付けているのか。横顔だけだがそれなりに格好いいと言えるだろう。見た目だけなら好印象。
 ならどうしてこんなにいやなかんじがする。
 すたすた歩いていく青年を目で追いながら、俺は後ろから飛び付いて来た二人を一歩横にズレてよけた。

「ちっ、よけられた」

「惜しいな」

「……なにやってんですか二人とも」

 割と本気で舌打ちしてる女性二人、俺の魔法具を気に入ってくれた偉いひとの助手で顔馴染みなのだけど、割合遊び好きで顔を見るたびちょっかいをかけられる。嫌われるよかだいぶましなんだけど、正直疲れる。
 溜め息を吐いて、二人に声をかけた。

「みなみさん、真由さん、ちょっといいですか」

「なに?」

「研究内容は答えらんないけど」

「聞きませんよ後がめんどくさい。あそこ、今昇降機に乗った二十歳くらいの藍色のローブの」

 柵で仕切られただけの昇降機が青年を乗せて吹き抜けを上がっていく。それを三人してなんとなく眺めながら、みなみさんが頷いた。

「ああ、最近来た人。いつだっけ三ヶ月前?」

「ちょっといいかなって思ったけど、なんかねー」

 年頃の女性らしいといえばらしい台詞の後、二人して「ねー」と頷き合う。

「ちょっとって、そんな性格悪いんですか?」

「や、それは教授で慣れてるから」

 仮にも自分の上司をばっさり斬って、また二人は頷き合った。容赦ないなぁ、研究者なんて多少偏屈なのは当たり前だけど。否定できないから言わないけどね。

「むしろレベル高いくらいなんだけどねー」

「なんかこう、ネッチョリっていうか」

「女に気を使うのは当たり前だけど、それに対してこっちが何か返すのは当たり前、みたいな?」

「気ィ使ってやってんだからってオーラ隠し切れてないよね」

「わァタチ悪い。近寄らない方よさそうだから所属研究室どこにあるか教えてくれません?」

 知り合いらしい研究員にすれ違いざま手を振って、五階の東側の一番でかいとこだよ、と真由さんが言った。






 自分に間違った自信を持ってるひとみたいだなぁ、「五階の東側の一番でかい」研究室の前で俺は呟いた。

「何考えてんのか知らないけど、」

 ここになんかあったら困るから問題起こして欲しくないんだよね、独り言を言いながらドアを開ける。張られた簡易結界は無視。これくらいなら準備も何もなしで破れるし。
 中は無人だった。明かりも点いてない。フラスコとかは山のように放置されてるけど、何か実験とかをしてる様子はない。
 当たり前だ、ここの責任者は今出張中で三ヶ月前からこの研究室は使用禁止だ。

(だったらなんで、あのひとはここで研究してるフリしてんのかなー、と)

 つかつか進んでくと(罠がないのは確認済み)、ぱりんと足の下でガラスの欠片が砕けた。
 ぐるりと周りを見渡して、鼻をつく臭いに目を細める。

「んぁー…気持ち悪」

「でしたらそこから出られてはどうですか?」

 入口付近から声がした。
 廊下の方が明るいから逆光で顔は見えない。たぶんあの藍色ローブの青年だろうけど。
 青年は入口の戸に手をかけたまま言った。

「ここは教授が不在なので、立ち入り禁止ですよ?」

「あー…」

 生返事しながら周りを見回す。どうしようかな、まだ証拠も何もないからぼこぼこにしたら俺が怒られるし。
 そうして臭いの発生源を見つけて、我ながら短気だけど、切れた。

「……閉鎖されてるはずなのに、そこに明らかに一週間以内に殺された動物が山になってるのはどういう訳ですかね」

 猫とか犬とかねずみを始め、およそ手頃な大きさの動物が無造作に積まれていた。明らかにそのどれもが息をしていないし、寿命や病気で死んだものではない。
 俺は動物愛護に熱心なわけではないけど、これはちょっとひどすぎる。なまじグロいのに慣れてるから、かわいそうとか怖いとか気持ち悪いとかより怒りが先に来た。
 青年は早口でなにか唱えた。小声で聞き取りにくいけど、これは、炸裂?

 ───ぼぅんっ

「っわ、」

 積まれた動物の体が弾けた。脚とか首とか原型止めてない肉の塊とかが飛び散って両腕で顔を覆う。あ、の、馬鹿どんだけいきものの命とかいろんなものないがしろにして…!
 一通り収まってから閉じられた入り口を蹴り開けた。結界? 知るかそんなもん、急場で雑に組まれた術式なんざ俺の身体中に付いた魔具だけで壊れるし。
 とはいえ多少は離されているわけで、やっと吹き抜けまで着いて下を覗いたら青年が昇降機から降りるところだった。早っ!
 ついでに下にあの二人を見つけて身を乗り出して叫んだ。

「真由さんみなみさん!」

 誰か(多分同僚)と話してた二人は、笑顔の欠片を残したまま五階の俺を見上げた。
 その横を青年が走り抜けた。

「そいつ止めて!」

 むしろ潰して、とは言わなくてよさそうだった。
 だって二人は、お互いの顔を見合せて、にいっと笑ったのだ。
 遠目からでもよくわかるそれを見て、俺は思わず出口目指して人にぶつかりながら走る青年に同情した。
 二人は持ってた書類とか本を全部床に投げ出した。いいのか。

「天帝煌めく世の最中、」

「剣もて闇のもの魔のもの邪のものを裂く勇者の名は知らず、」

「定められたさだめの更に繋がれた鎖を断つ術も知らず、」

「御子の戯れなるそらのいろを変えた女(むすめ)の名を知らぬ、」

「知らずとも呼ぶ名は我らがひとつと定め置く!」

「剣の御名は天帝の名を戴く!」

 きぃい、音立てて澄んでいく空気に出口まで来た青年が振り返った。
 そうして足元に陣の浮かんだ二人を見て青ざめる。うわスピード上がった。でもま、無駄だろ。

「「その名の元、顕現せよ聖なる鉄槌!」」

 吹き抜けの真っ正面、出口の真上にある明かり取り兼用のステンドグラスの向こうが真っ白に光った。
 遅れて爆音。
 周り中鼓膜やられて耳押さえてる中、二人はお構い無しに術の成功を喜んでいた。
 この二人、魔力はべらぼーに強いけど力の調節効かなくて、裏で密かに「爆弾」と呼ばれてたりする。
 今回そのスイッチを押してしまったらしい俺は、今更昇降機に向かいながら「あのひと無事かなぁ」とか思っていた。






 結果的に言えば青年は無事だった。…かなりギリギリで。
 俺は研究室の動物の供養を済ませると、早々に研究所を離れた。ぶっちゃけ興味ないしね、あんな命無駄にするような真似する奴と関わりたくないし。
 ていうかなんかいろいろ疲れたので、今日はもう早く帰って早く寝ようと思います。





…爆弾が爆発するときは近くにいない方がいい。


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あきゅろす。
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