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WestendCompany.
あるべきところに還るがいい。
「ぁーったくさーッ」

 腹立ち紛れに下草を蹴りながら、あたしは垂れた枝を除けた。

「なんで仕事帰りにこんな道通らんと駄目なわけ意味わからん!」
「お前が高速の真ん中で雷ぶっ放すからだろが」

 背の高い草を払いながら、直刃がきろりとこちらを睨んだ。

「移動の陣敷ける人がいないときにあんな派手な真似してなー、すぐ逃げらんないのにわざわざ目立つな阿呆」
「うっせ!」

 まったくもってその通りなので、ひとつ噛み付いただけで黙々と前に進んだ。
 ていうかぶっちゃけ忙しい。あたしが左腕に抱えた魔導書は他者の接触を酷く嫌う。人相手にスタンガン代わりに使ってるけど、木の枝に触れでもしたら立ち枯れの木が続出する。ついでにこれはあたしのコントロール外なので、葉っぱ一枚触れないようあたしが気をつけないといけない。
 でもあれ死人出さなかっただけまだましだと思うんだけど。てかなんであそこで人の顔見る余裕あんだ観客諸君、気絶でもしてろっての。
 そうやって苛々いらいらしてたから、その声に直刃が先に気付いたのは当然だった。

 もうし。
 もうし、旅の方。

 直刃が立ち止まったのに気付いてそっちを見ると、真っ白い子供が一人、木立に立っていた。子供にしか見えないのに妙な迫力があった。
 土地神かな。
 息を潜める森にそう思って、すっと膝を付いた直刃に任せることにした。かみさま相手なら直刃のが当たりがいい。

「この森の御方とお見受けしますが、道行く童二人に何の御用でありましょう」

 助けてほしいのです。

「それはこの剣でしょうか、それとも紙に染み入る魔でしょうか、もしくは我が社の水でしょうか」

 水と剣です。

 うっは帰りてぇ。
 さりげに「いらない」と言われたあたしは明後日の方向を見た。
 直刃のうちは元々水神の社の守役だった。つまり巫女の家系だった。もうかみさまはいない社を、守りたいと言って今直刃のお姉さんが頑張っている。
 泉の水はまだ清めの力があって、それを頼りに来るあやかしだか神様だかは結構多いらしい。それを小瓶に詰めて、直刃はいつも数本を持ち歩いている。
 話し終わったらしい直刃が立ち上がってあたしに言った。

「行くぞ」
「なんであたしまで……ご指名はあんだでしょ?」
「祓うのはうちの仕事、ばけもの退治は俺らの仕事」

 違う? と首を傾げられて、あたしはわがままを言っても無駄そうだと悟った。
 いや、正当な要求なんだけど。こいつ幼なじみの家訓「使えるものはばけものでも使え」を実践されて育ってるし。強引にことを進めるのすごい得意なんだよね。






 森の奥に行けば行くほど空気は清らかになった。
 だからこそ僅かな腐臭が鼻について、あたしは先行するかみさまに付いて行く直刃に続きながら眉を寄せた。

 ここです。

 かみさまが止まって奥を指した。
 水源だった。
 細い細い川が流れてく泉だった。
 水面に黒いもやが凝っていて風景が大分だいなしだった。

「さて、」

 剣を構える直刃を背に、あたしはかみさまに向き直った。

「あんたはもう帰んな」

 断る。
 ここはわたしの森だ。

 かみさまは眉を寄せた。
 ああ結構頑固だな、当たり前だけど。
 あたしは溜め息を吐いて短剣の刃を向けた。
 小さくても拵えは宝剣と同じだ。載せたちからも充分。証拠に刃を向けられたかみさまが怯んだ。

「本来人間と神は不可侵。アレはひとのこころの成れの果てでしょう? だったらこちらの領分だ、あんたはとっとと帰って」

 いいでしょう直刃。
 返ってきたのは沈黙だったけど、駄目と言わないなら許可が出たも同然だ。
 これ見よがしに泣き顔で駆けてくかみさまを見ながら短剣をしまって、あたしは直刃の横に並んだ。
 怨念、かなにかのかたまりを見る。

「…どうせ、もう何が恨めしいのかも忘れたのでしょ」

 あたしの横で直刃の剣が鳴った。

「罪も咎も俺が負う。その恨みは俺が持っていくから、」

 還るべきところへ還れ。
 直刃の台詞に少し遅れて、あたしは魔導書の頁に指を載せた。






 三ヶ月後。
 直刃の持って来た話によると、あの真っ白いかみさまが禍になったらしい。

「早ッ。いやもうちょっと耐えろよ弱いなーそんなんかみさまでいいのか?」

 割と怖いもの知らずなあたしの台詞にも、直刃はなんにも返さずに黙って立っていた。
 かたくななこどもに苦笑する。
 その肩を叩いて、あたしは直刃を置いて歩き出した。

「いいよ、あたしが行ってくる」
「宗茄、」

 呼び止めかけた直刃の喉に短剣の刃を突きつける。

「いいっつってんでしょ」

 直刃はどこか虚ろにその刃を見て、すっと引いた。

「ありがと」

 あたしは歩きだした。






 真っ白いかみさまを黒いもやが取り巻いていた。
 炯々と光る両の目は凶兆の赤。

「その恨みの矛先はあたしでしょう? だからそれはあたしが持っていく」

 前に立つと、かみさまは喉の奥で唸った。

 助けてやったのに。
 信じてやったのに。
 愛してやったのに。

 あたしは目を閉じた。

「生憎と、その愛を受け取ってやれる人間は、もうほとんど残ってない」






 あたしは一礼してその場を去った。





…神世の柱をひとつ、壊す(世界が壊れるまであと何本?)。


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あきゅろす。
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