WestendCompany.
あかいろに捧ぐ。
※流血表現注意
視界が赤かった。
手のひらも体も赤に塗れていた。
鼻が麻痺して働かない。
俺よりも赤いそいつの目がごろりと動いて俺を見た。
悲鳴も上げられなかった。
教室でなんとなく生徒手帳を眺めていた。
時間割確認するついでだったと思う。
楓園高校一年三組
五十嵐凜
なんで俺こんな平和なとこにいるんだろう。
半分化け物のひとごろしにふさわしいとは思えなくていっそ笑えた。
―――一年三組五十嵐凜、数学教室まで
放送局の知り合いの声が二回繰り返して、俺は席を立った。
俯せで寝ていた凪が顔を上げた。
「凜」
「ちょっと行ってくる」
凪はひとつ頷いてまた顔を伏せた。まぁ寝ないんだろうけど。
今日出た数学の宿題を片付けていたあすかが、いってらっしゃいと手を振った。
用件は数日前に休んだ分の小テストの話だった。今日の放課後に追試らしい。知らないそんなの。
先生は用事があるとかで教室を出た。残された俺は、通常教室より若干広い空間で溜め息を吐いた。夕飯の買い物凪に頼むか。
がらりと教室の戸が開いた。
どく、ん
変なふうに心臓が鳴った。
あっという間に全身が緊張した。
え、なんで。
後から思うとこのときすぐ逃げればよかったのだ。
「好きだ」
数学教室の戸を開けて入ってきた男子生徒は俺にそう言った。
「俺は君が好きだ、五十嵐凜。
男同士だしこんなこと言われても困るだろうけど、」
でも知っておいてほしかったんだ。
そいつは俺にざくざく近づいてきた。台詞はほとんど頭に入らなかった。
―――好きだよ、凜。
俺の頭の中は大好きだったひとの大嫌いな声が延々鳴っていた。
手の中に慣れた冷たい感触、いつ取り出したかは覚えていない。
俺は短刀を逆手に持った右手を振り抜いた。
視界が赤くなった。
…………………………
凜が教室を出て少しして、あたしははっと顔を上げた。
「凪?」
あすかが声をかけたけど気にする余裕はなかった。
頭の中で鳴る危険信号、凜に何か起こってる。
あたしは教室を飛び出した。凜の居場所は本能でわかるから迷わず数学教室に入った。
「凜!」
乱暴に扉を開けると血の匂いがした。
倒れた男子生徒の喉が裂かれていた。床の結構な面積が血に染まっていた。
凜がそれをぼんやりと眺めていた。全身が返り血で濡れていた。
凜がぼんやりとあたしを見た。
度を失った瞳があたしを捉えたのとほぼ同時にあたしは凜の鳩尾を打った。
凜の手から血塗れの短刀が落ちた。
「…あらら」
追いかけて来たらしいあすかに振り返らずに怒鳴った。
「救急車呼んで!」
「あいあい!」
あすかが駆けてく足音を聞きながら、あたしは凜の地雷を踏んだ「被害者」を睨んだ。
こうならないために凜はどんな呼び出しにも応じないのに。
…………………………
俺と凪は捨て子だった。
同じ場所に捨てられたから同じところに拾われて、だから凪は自分だと半ば以上の確信を持っていた(自分どころか血の繋がりすら本当はないのだけど)。
治安は最悪で、いつもどこかで血の匂いがして、今思うと嬌声だったのだろう悲鳴もそこかしこで上がっていた。多分本物の悲鳴も混じっていただろう。
そういうところなのに、そのひとをどうして信用したのかもう覚えていない。
そのひとはぼさぼさの髪に眼鏡をかけて、歌が上手くて会うたびねだっていた。
真似して覚えて歌って聞かせたら喜んでくれた。
俺はそのひとが大好きで、でも今思うと、凪がいるときそのひとと会うことはなかった。
あるときそのひとが家に来いと言った。
特に疑問に思うことはなかった。
だから薄暗い部屋で押し倒されたときは転んだのに巻き込まれたのだと思ってそのひとを本気で心配した。
大丈夫? と聞いた俺に、そのひとは笑って言った。
―――好きだよ、凜
眼鏡を外したそのひとの顔は覚えていない。
気付いたら俺は凪に抱えられて、冷たくなったそのひとの前にぼんやり座っていた。
そのひとは喉笛を裂かれて血塗れだった。
俺の手の中には護身用の短刀が赤く鈍く光を弾いていた。
俺の最初のひとごろしだった。
というようなことを、どうにか一命を取り留めたらしい男子生徒の両親に話した。
両親は引きつった声で、今後一切息子に近付くなと言った。
どっちかってーとそれこっちの台詞なんだけど。今は落ち着いてるけど、顔見たらまた殺しにかかっちゃうと思うし。
数日のうちに俺達の転校が決まった。
放送局の知り合いの声が結構好きだったから、それはちょっと惜しいと思った。
…生きる価値のないものに愛を捧ぐ者、命を以て償え。
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