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WestendCompany.
王と竜と黒

※「花連にある黒」同設定



 あれから三ヶ月ほど経った。
 何度か妹の墓(つまりあの花畑)に足を運んだが、あの少女と竜には会えていない。
 決断せねばならないことは多く、雑務は尚多く、このままではせっかく聞いた名も忘れそうだと思っていた矢先のことだ。
 私はたまたま林檎を二つ持って花畑を訪れた。
 木立を抜けた先を見て、私はひとつ溜め息を吐いた。
 花の真ん中に横たわる深い藍色の竜、それに守られるように、竜の腹にもたれた黒の印象の強い少女。
 目を閉じた二人の在り様がひどく自然でうつくしいと思った。
 私は黙って近寄った。三歩と行かないうちに竜が片目を開けた。
 私はしばし対応に迷った。そもそも声をかけてよいものなのかもわからなかった。
 そうこうしているうちに、少女が目を開けた。
 割った黒炭のような色の瞳がゆらりと動いて私を捉えた。

「………」

「…覚えているか? 凪」

 少し声が擦れた。
 凪は少しぼうっと私を見て体を起こした。
 もう一度合った視線は先程までの焦点の合わないものではなく、いつか見た芯のある強い瞳だった。

「アル」

 りん、と凪の声がその場に響いた。

「…覚えていてくれたか」

 苦笑した私に、竜が剣呑な視線を寄越した。

「ふん、我が騎士は他人の顔と名は最低限記憶するよう鍛えられている。あまり見くびってもらっては困るな」

「いや…正直、本当に来てくれるのか分からなかったから」

 気付くと顔が笑みの形を作っていた。
 ふと手の中の林檎を思い出して、ひとつを凪に放った。

「食べてくれ、皮も剥かずに悪いが」

 凪は林檎を受け取って、言った。

「ありがと」

「…喋れるのか?」

 確か凪はこの国の公用語を扱えなかったはずだ。だからこそ、命を取り合うような事態にもなったわけなのだし。

「覚えた」

 短く言って、立ち上がった凪は私の腕を引いた。

「となり」

 …それは、座れという意味だろうか。
 戸惑う私を無理やり竜の腹の前に座らせ、凪は短刀を取り出した。皮を剥くのかと思ったが、凪はそのまま林檎を半分に切って、片割れを竜の口の中に放った。
 林檎を飲み込んだカーリュースは、ぐるる、と喉を鳴らした。

「…汁気は多いが甘さが足りんな」

「これは手厳しい。早成りにしてはいい出来だと思うがな」

 苦笑して、自分も林檎を齧る。少し固い、微かに青い味がした。
 奇妙に現実離れした空間だった。
 竜と平然と言葉を交わし、素性の知れない少女の隣でのんきに林檎を食っている。およそ王位にある者のすべきことではない。
 それでも自分は骨の髄まで王なのだと、思った。
 聞かずには居られなかった。

「凪」

 呼ぶと、傍らの少女は無邪気に私を見上げた。

「この国をどう思う」

 凪は一度目を逸らして林檎をひとくち齧った。しゃく。

「……全部がよくは、ならない」

 常から私が感じていることを凪も口にした。だがやはり痛かった。
 凪はぽつぽつと続けた。

「裏町とか、…ないと困る。行くとこない、が、行くとこ。
作るのは壊すから、始まる。助かるの、落ちるの、両方」

 凪の台詞は拙かったが正しくもあった。
 どう手を尽くしても取り溢してしまう者達はいるのだ。そういう者達が集まって、闇を作る。そしてそこでなければ救えない者達は、どうしようもなく多いのだ。
 闇の側には闇の側のルールがある。その秩序を無理に崩せば、なるほど確かに救われる者は多いだろう。だがそこでなければ生きられない者達は、更に深く闇へ向かうこととなる。
 王が光であるために闇は必要だ。
 だが闇はその深さ故に人を変えてしまう。
 それこそが王が闇でいてはならない理由だ。王は人を人のままにするためにいるのだから。

「アルは、それでいい。多分。たくさんありがとうが、来る。アル、ちゃんとしてるし」

 凪は食べ終わった林檎の芯を手の中で遊ばせていた。
 国を治めるために、どうしても少数を切らなければならないときがある。それは他の多数の幸福のためであるのだが、切らねばならない少数を思うとどうにも気が塞ぐ。

「…全てを拾いたいと思うのは、やはり傲慢なのだろうな」

 呟きは凪には届かなかったらしく、凪は首を傾げた。

「…アルを殺したいのはこの国を殺したいのだけだよ」

 いつの間にか俯いていた顔を上げると、凪の漆黒の瞳が私を射抜いた。

「アルが死んだらこの国のひと、きっと困るよ」

 凪は「足りない?」と続けてまた首を傾げた。
 ふとカーリュースが頭を上げた。

「…誰か来るぞ」

 言ってカーリュースが体を起こしたので、その腹にもたれていた私は慌てて立ち上がった。
 すぐさま凪がカーリュースの背に乗る。

「また、来るか?」

 このまま別れるのがひどく寂しい気がして言うと、竜の背の少女は確かに頷いた。

「りんご、ありがと」

 言い残して、藍色の竜とその騎士だという少女は空の彼方へ消えた。
 その姿が点にしか見えなくなった頃、姿を現した小姓に少し恨み事を言いたくなった。





…不確定を確定させたつもりもなく。


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