WestendCompany.
着飾る黒
黒いドレス。
黒いリボンを通したレースのチョーカー。
ペチコートは嫌いだ、と言うと少し控えめにされた。そもそもドレスとか着たくないんだけど。
手袋は外した。指先の感覚を切られるのは嫌だ。長袖のドレスでよかったと思う。長手袋を外しっぱなしは流石に目立つから。
「君も大概我が儘だねぇ、リン」
相手をたらし込むための口調、仕草、目付き、そのすべてに冷ややかな視線でもって応えた。同性に惚れて男にドレス着せて喜ぶあんたも大概だ。
豪奢な大広間に大勢の人。
きれいな妖怪の巣窟だ。
眉を寄せる俺の手に隣の男の手が重ねられた。容赦なく払い落とす。
男がわざとひそめた声で囁いた。
「…ねぇリン、君はどうすれば私のものになるのかな?」
視線を向けてやる気にもならなかった。
「俺の世界にあんたが入る場所はない」
ああくそ、早く来い。
真っ直ぐ前だけ見ている俺の視界の中で、ワインの入ったグラスが床に落ちて割れた。
「きゃあ!」
「も…申し訳ありません!」
合図だ。
「リン?」
すっと立ち上がった俺に男が怪訝な目を向けた。
応えずに歩き出す。真っ直ぐ前、ワインの赤の溜まった場所。
夜会の主催者の「婚約者候補(むかつく)」が歩いて来るのを見て、ばらばらに散っていた人々がさっと道を開けた。まぁ下手に関わって火の粉被りたくないってのが正直なところなんだろうけど。
俺はワインが零れた場所に着くと、ためらいなく溜まったままの赤に足を踏み入れた。
「リン!?」
流石に驚いたらしい男の方に向き直る。
顔が笑った。
やば、楽しい。
血濡れの御剣御旗に掲げ、
狩り取る命は数知れず
歌う。
詞の不吉さに周りがどよめいた。
草木も残らぬ行軍のあと、
悲鳴も掻き消し鬨を上げよ
太陽を血に染めしとき
月は死人の顔となる
振り下ろす銀、
血花を白無垢にあしらい、
断末魔の旋律に踊れ踊れ
「私の首をとりたけりゃ、
塔のてっぺんまで登っておいで!」
どっ、
始めの音は右側だった。
それを皮切りに、周り中がばたばた倒れ伏す。
「リ…ン…」
最後まで俺の名を呼んだ男も動かなくなった。
「───天帝の御剣の降り来たるときまで」
歌い終わって、左側を睨み付ける。
「遅い馬鹿」
「ごめんごめん、ここの守護の魔導士誤魔化すの結構大変で」
ばたばた人が倒れてる中、俺と風雅だけが立っていた。
風雅はこつこつ近付いて来て、ほう、と溜め息を吐いた。
「…やっぱ綺麗だよねー凛。黒似合うし」
「嬉しくない」
ワイン溜まりから出た。靴を脱ぐと横合いから風雅が替えの靴を差し出した。
「なんで持ってんの」
「凪から。ドレスに合わせる靴なんて走りにくいに決まってるから持ってけって。はいこれ着替え」
風雅は俺に袋を渡すと後ろを向いた。こいつめ。
「あ、それとあすかが、どーせだからドレス持って帰って来てって」
破り捨てるつもりだった俺は盛大に舌打ちした。
「…だいたいさぁ、なんで集団催眠なわけ?しかも俺要で」
「だって凛の格好が思いっきりゴスロリだったから。なんかこう、魔女っぽくしようかと」
「ワインの血溜まりの中で歌う魔女? どっちかってーとセイレーンだろそれ」
「セイレーン黒くないと思う」
「うっさい。つかどーせなら全員銀糸でがんじがらめにして堂々と正門から退場のが良かったんじゃないか?」
「蜘蛛の巣?」
「そうそう」
「そんな大規模なの無理無理。さっきも言ったけど、ここの守護のひと結構有能で。そんな大掛かりなの始めたら気付かれて潰されちゃう」
「っつったってこの騒ぎ、元々おおっぴらに俺追っかけさせないためだろ?」
「まぁね。騒ぎが大きければ大きいほど、それを起こした凛の評判は悪くなる。凛を住まわせてたこの家のひとはまず追って来られない」
「そしてホスト側が事前に騒ぎを収められなかったことを隠すために揉み消しにかかる、と」
「下手にひっ攫って追っ手かかるより、不気味がられて忘れられる方が逃げる方はありがたいんだよね。ちょっと複雑だけど」
「仕方ないだろ。ほら終わったぞ、これ持って」
着替え終えて、脱いだドレスを風雅に押しつけた。
「で、凪は?」
「王さまのところ遊びに行くって」
「ああ…あの変わり者の」
「…あの、あのひと結構有能だよ?」
そんなことを言い合いながら、風雅と二人、眠り込む人々の中を出口に向かって歩いた。
…魔のものの威を借る少年。
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