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WestendCompany.
その背なには翼、
「弘怜」

 呼ぶと、窓枠に座って月を見上げていた弘怜が、ゆるりと首を巡らしてあたしの方を見た。

「…由夢」

 前を開けたシャツ一枚で夜の藍の中にいる相棒(兼、主)に、あたしは片目をすがめて見せた。

「またあんたはそんな格好で。…襲われるにしろ風邪引くにしろ、いいことなんざ起こんないよ」

 弘怜は返事をしないでまた月を見上げた。

「…もうすぐ満月だ」

「そおね」

 同意すると深々と溜め息を吐かれた。

「厄介な体質だよ…まったく」






「……ってことで、」

 あたしはぱんっと音立てて両手を合わせ、今回の同行者の代表扱いされている剣士を拝んだ。

「ごめん、ほんと満月の前後一日は動かせないんだ。絶対追い付くから先行ってて」

 同行者たちの困惑顔は、申し訳ないけど無視だ。だって言ったって足止め三日が変わらないならこいつらだけでも進んだ方がいくらかましだし。

「突然言われても困りますよ。せめてもう二、三日前には言って欲しかったですね」

「悪かったって…言ったって解決策なんかないし。体質の問題だから」

 黒いローブの魔術師に向けて目をすがめた。ああもう面倒だな、流せよ。目線で言ったら同じく目線で「嫌です」と返って来た。この野郎。
 微妙な睨み合いをしてるとリーダーが溜め息を吐いた。

「…いいだろう。だがこちらも急を要する。三日、足を緩める気はない。きっちり追い付いて来いよ」

「…了解」

 強い瞳で笑ったリーダーに笑みを返すと、ぽん、と後ろから肩を叩かれた。

「うちのリーダーが決めたことですから、文句は言いませんが。二人共、追い付いたら荷物持ちですよ?」

「…了解」

 にこにこしながら言う魔導師に向けて、あたしは引きつった笑みを返した。






 宿を引き払って、森の中の泉で休んだ。魔物は気にしない。この状態の弘怜に手を出す度胸のある奴なんている筈ないから。
 朝から一言も喋らずにぐったりとあたしに寄りかかる弘怜を抱えてその日は眠りについた。
 そして次の日。
 事態の異常性を察知しているのか、真昼の森は息を詰めていた。

「ぅ…ぁ…あ、…ああぁッ」

 あたしに縋り付いて呻く弘怜の背は内側から何かに侵されているように波打っていた。ぶちぶちごりごり、筋の切れる音と骨の擦れる音、体をつくりかえる音だ。
 それに伴う痛みに意識を飛ばされかかっている弘怜が一際大きな叫び声を上げた。

「―――ああああああああッ!」

 ぶちぃっ、
 びしゃっ
 背中の皮膚を裂き大量の血液を撒いて引き摺り出されたのは、片割れだけで弘怜の身長を越えるような大きなものだった。
 血に濡れた純白の翼が広がるのを見ながら、あたしは意識を失った弘怜の髪を撫でた。
 弘怜の体は魔力を溜めやすい。スポンジが水吸うみたいに、空気中の魔法の因子を吸い取って溜めてく。満月の晩が一番酷くて、こうして魔力を具現化して外へ無理矢理引き摺り出す。そうしないと体が溜めすぎた魔力に耐えられないらしい。体が勝手にそうする。生理現象と同じレベルの話だから止める手段はない。
 そしてこの状態の弘怜は、羽が現われて消えるまでの丸一日、意識レベルが少し低い。下手すると自分の魔力に酔って狂う。それをあたしが止めなくちゃならない。あたし以外の奴、特に魔力に敏感な後輩連中なんかだと、弘怜が振り撒いてる魔力にあてられて倒れるから。
 同じ理由で下手な魔物が寄って来ないのが救いと言えば救いだ。

「…ゆー、む?」

 溜め息を吐いたあたしに、弘怜がとろりとした瞳を向けた。日はとうに落ちていて、弘怜の瞳にしろくまるく月が映る。弘怜の瞳に黒と白、虚がふたつだ。弘怜の目許にくちづけ落として自分の思考回路に笑う。

「誰も来なくて安心したって話」

「…ん」

 弘怜はあたしの肩口に顔埋めて寝息を立て始めた。
 あたしは弘怜の、月に透かすと銀に光る髪を撫でる。手入れが悪くてざらざらなのに不思議に絡まない長い髪。
 あたしは他人の感情を溜める方だった。好意悪意関わらず。郎暉達の側は割合楽だったからあの剣道場には毎日のように行ってたけど、他では溜めた感情を散らすために喧嘩ばっかしてた。
 同じく溜めたものどうすればいいかわかんなくて暴れっ放しだった弘怜に会えたのは誰のせいで何のためなんだろう。
 弘怜を緩く抱き締め返しながら、あたしは自分も目を閉じた。






 三日目の朝、弘怜の背の羽がばさりと落ちた。もう背には傷もない。羽一枚に至るまで、全部空気に解けて消えてく。
 弘怜は羽が出るときの出血が今更影響して一日動けない。
 四日目。

「行こう」

 行く手見据えて言う弘怜に、あたしが異を唱える筈もない。すぐ地面に手と膝を付いた。ざわり、髪が鳴って、項の辺りに気が滞る。全身、指の先まで掻き毟りたくなるような衝動が走って一瞬息を詰めた。
 視界が白くなる。
 感覚を取り戻して、それを確かめるようにぶるりと全身を震わせた。
 弘怜があたしの背に乗る。
 銀色の毛並みの狼に変じたあたしは弘怜を乗せて地を蹴った。






 五日目の夜、一行に追い付いて宿に入ったあたしたちは、次の日一日荷物持ちを宣告されてげんなりとした顔を見合わせた。





…翼持ちと獣の主従(もしくは、相棒)。


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あきゅろす。
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