WestendCompany.
かみさまの箱庭にて。
街中。
見渡す限りコンクリートジャングル、及び人波。
但し目に痛いくらい鮮やかな看板は白黒で、周りの人達は輪郭切り抜いたみたいに真っ白。
俺を認識しない音のないざわめきをかき分けて走る。こーゆーとこ走るのが一番体力食うんだって。
人波一瞬切れて、俺と同じく人波の隙間から相里が飛び込んで来た。真っ白いひとたちの中、相里の黒いコートがひどく安心する。
「いたか」
「いない…」
不気味な情景にがたがた震えながら、相里が泣きそうな声で言った。汗で額に張り付いた髪を払って、その手を頬に滑らせる。
「落ち着け。…お前が頼りなんだから」
「……直刃、この手タラシみたいだからやめてって言ってんじゃん」
「やかましい」
いつものやり取りに相里が笑った。まだ顔色悪いけどそこまでの時間はない。
相里が目を閉じて両耳を塞いだ。ふぅ、と大きく息を吐く。
耳を澄ましている。
なんとなく心臓がどきどきして息を詰めた。
「…見つけた、上!」
頭の上を影がひとつ過ぎてった。
ビルの看板広告乱立してるとこ伝って屋上まで登る。屋上から屋上へ、飛んで跳ねていくのは輪郭だけの少年。
ふたつ向こうのビルの屋上で、振り返って、口許が笑った。
「ざけんな!」
すぐに走り出す白い子供を追いかける。体重なんてないみたいにぽんぽん跳ねてく子供、でもギリで、俺のが早い、か?
いきなり電子音がして携帯出したら着信入ってた。しかも電話か。表示は相里。
「何!」
『それダミーだよ、本物後ろ!』
「嘘吐くなら他当たれ!」
偽着信である。
携帯切って三秒後、後ろからずん、と音がした。なんか落ちたな。止まったら巻き込まれ必至。
いきなり行く手に扉が出て来て、白い子供はそこに吸い込まれて消えた。
「ッは、」
膝に手置いて息を吐く。やば、喉血の味すんぜ。きつ。
目の前ぐるぐる回ってんのに酔いそうになってると、下から昇って来たらしい相里が隣りに立った。
「…あたし直刃のケー番知らないよ?」
「…ふは、いる?」
「んん…わかんない」
後にしよ、と言って相里は座り込んだ。
「…きついよぅ…」
「知ってる」
溜め息は同時だった。ちょっと面白かった。
扉開けたら真っ暗な通路だった。二人で駆けてく。
少しして相里が言った。
「炎来ます! ご、よん、さん、に、いちっ!」
ゼロの前に相里抱えて伏せた。頭の上、ばちばち音立てて炎が通り過ぎてく。一瞬で目が痛くなるほど乾いた。
喉が乾かないよう口を閉じた相里が指を立てる。さん、に、いち。
炎が消えてすぐ白く光る入り口に向かって走った。
目を灼く光を目を閉じてやり過ごして突っ切る。
気付いたら火山の火口ばりに熱い岩場の上だった。
「何この恐竜時代!」
「知るか!」
とりあえず恐竜時代というよりRPGのラスダンっぽい。目の前に、赤い鱗の翼付きの巨竜、というより凶竜。
そいつの脚の陰から白い子供が顔を出して、ひらひら手を振って、隠れた。
「…あー、もー、行くぞ相里!」
「らじゃ!」
俺一人で身長の五倍はある竜の相手なんざできる筈もない。実力以前の問題だ。
命懸けの追いかけっこはまだ続くらしい。
鏡張りの迷路。ミラーハウス、かっこ超巨大版。
俺が先だと鏡に時折写る白い子供に気を取られて迷うので相里が先だ。「出口はある」とのことで、とりあえず脱出優先。
合わせ鏡を写して写して、鏡の像がどんどん遠くなる。眺めてたら意識飛んでたらしくて泣きそうな相里に引き戻された。
「勘弁してよぅ…あたし一人じゃ抜けらんないよぅ…」
相里はつよいわけじゃない。例え敵でも「誰か」がいないと立っていられない。
なにもないせかいに放り込まれたら、相里はきっと一番に狂う。
相里の頭をひとつ撫でて笑った。
「いるよ。大丈夫。…行ける?」
相里が頷いた。
「あーもーやだ俺怖いの全滅だってば!」
「直刃そこ落とし穴!」
「ぅお! 早く言え!」
「注意したのにその台詞!?」
「なんか来たー!」
「ぎゃーす!」
「直刃壁来る壁!」
「天井抜けられっか!?」
「…無理っぽい! 下に落とし穴あるけど駄目もとで作動させていい!?」
「だーも、いいよやろう!」
「…なんか上から触手的なもの来るんですけど!」
「落ちろってか! 全力で落ち続けろってか!」
「…なんで水の中で息できるのか聞いていい?」
「結構ざらだよ?」
「いつものこと扱いしてるよこの人!」
「……………………………で、」
森の主の棲み家的な草地に、相里と二人へたり込みながら、俺はようよう声を出した。
「……………………信託頂けるので?」
「うん、いいよー。楽しかったしね」
にこにこしながら言った子供はもう真っ白ではなかった。全体に色味薄いけど。髪の色綺麗だ。薄い栗色、あれなんて言うんだっけ。
これで五千歳とか、いやそんだけ生きてりゃ楽しいこと探したくもなるかなー、とか思いながら信託の黄色い玉の簪を受け取った。
「…お仕事終了?」
「おー…」
相里と二人ぐだってると、かみさまが笑った気配がした。
「じゃ、適当に森の入り口あたりまで送るから」
「っいや俺ら迎え来ますんで、って聞けー!」
乱暴な移動に意識飛ばしかけながら、かみさまはできればもうちょっとひとの子の言い分を聞いてほしいと思った。
その状態で相里を抱え込んだのは褒められてしかるべきだと思う。すごく思う。頑張った俺! なんで誰も褒めてくれないのかな!
…日頃の行いなんて、かみさまは一々気にしない。
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