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WestendCompany.
手を伸ばす、そこへ



「………あや?」

 ちくしょなんも出るな、と念じながら洞窟の暗がりを睨んでいた俺は、壁の仕掛けを解いていたはずの捺奈さんを振り返った。

「なんかありました?」

「…………………開かない…………」

「え、」

「開かない、なんで、嘘だなんでこの式使って開かないのあたし何か間違った嘘だ嘘だ嘘だ!」

 パニック起こして泣き出した捺奈さんを洞窟の外に連れ出すのはすごく大変だった。






「んうー………ごめんね郎暉ー………」

「慣れてます」

 川の側、どうにか俺でも張れる結界を張って、どうにか目の焦点が合ったらしい捺奈さんに苦笑する。いつもきっぱりすっぱりしてる捺奈さんの取り乱し方には少し驚いたけど、機械でもないんだから驚くことでもないだろう。修業足んない。

「とりあえずどうします?」

「そだねー。とりあえず占じてみようか。アレで開かないなら手間かけて鍵探さないと」

 どうやら元気になったらしい捺奈さんが立ち上がる。
 でも魔導師が占じるなら地道に聞くより絶対手間かからないよな。まぁ、いいか。また荒れられても困る。






 という訳で、俺と捺奈さんはまた洞窟の中だった。
 鍵の金属片が世界を渡って、どこだかの貴族のうちの紋章に組み込まれてしまったらしい。ここはその安置所。
 外套の襟元を引き上げて溜め息。外は吹雪だ。寒いったらない。細かい作業ができないからって普段から手袋なんかしない指先が冷たくて、失敗した逆に動かないわこれ。
 ポウリィ(強い光の中では生きられない発光性魔法生物)の微かな光を便りに進んでく。蛍ほどの灯がますます寒い。
 捺奈さんが溜め息を吐く。白い雲が結んで、ほどけて、消えた。 

「ここの紋章なんだけど」

「はい」

「どうやら先代が没落して、他人に取られちゃったみたいなのね」

「よくある話ですね」

 黙々と歩くのにも飽きたから、捺奈さんの世間話に付き合うことにした。世間話にしては話題微妙だけど寒くてもうなんでもいい。全面氷じゃないだけましなのかもしれないけど。

「んでその貴族ってのがずっと昔の国からこの辺一帯任されてて、国がなくなってからもずっとここの領主みたいなことやってたらしいんだけど」

「あー、ここ無法地帯でしたねそーいえば」

「いちお禁域。それで紋章取られたときに土地の権利も取られたらしいんだわ」

「え、ここ誰の管理下でもない、んですよね。どこの国も手ぇ出してなくてどこにも国はなくて」

「うん、領主ったって町内会長みたいなもんみたいだし。
でもその紋章取った奴ってのがすごい偉ぶってて、他よりちょっと大きかったってだけのおうち改築させてお屋敷作ったり税金かけたり、そりゃその元貴族だっていろんな相談とか受けるたんびにお金取ったりはしてたけどあくまで相談料だったし、そもそも集めた税金納めるとこはもうとっくにないんだから税金集める権利なんかないはずなわけ」

 話を聞いてるとなんだか腹が立ってきた。よくある話だけど、そのよくある話が許されてるのが納得いかない。

「……終わったら蹴りに行きます?」

「紋章返してね。ああでもこっちはまだ保留かな、跡継ぎ馬鹿なら街のひと可哀相だし」

「とりあえずこっちの用事優先させてもらいますけどね」

「街のひとすごいごめんだけどね。あ、あれあれあそこ」

 捺奈さんが指差した先に崖。そのもうひとつ向こうに小島のような足場と祭壇、どういう仕組みでか消えない松明の置かれたそこがきらりと光を跳ね返した。あれか。
 ほんとだったら迂回して仕掛け解いて道を作るんだろうけど、生憎そんな手間をかける気はない。
 捺奈さんが唱える。

「ラウフィ、」

 ゆらゆら浮いてるポウリィの側に白い羽のようなのが浮いた。これも魔法生物らしい。

「ポウリィ、」

 ちかり、ポウリィの光が瞬く。

「サルフィグラウム、」

 ふたつの周り、やっぱりゆらゆら揺れるオーロラみたいな細い帯みたいのが浮かんだ。
 みっつはぐるぐる回りながら崖の上まで行くと、こちらの岸とあちらの岸、ふたつに分かれてそれぞれの縁に降りた。
 光。
 暗い洞窟には充分な眩しさを投げて、収まったときには岸の間にオーロラ色の道ができていた。人ひとりがやっと通れるくらい。

「向こうまで結構距離あるからこんなとこかなー」

 何度見ても仕組みの分からないことをやってのけた捺奈さんが頭を掻いて言った。
 即席の橋を渡りながら、俺はさっきの会話を思い出していた。

「捺奈さん、」

 祭壇から捺奈さんが紋章を取ったことを確認して言う。

「……もしかしたら、俺らが何にもしない方がいいのかもしんないです」

 さっきの会話は俺達の主観だ。ちゃんと上に誰かがいた方が治まることもある。ここはあくまで俺達の世界じゃない、向こうの都合とか、考えないで突っ走ってひどい目に遭ったことなんか数え切れない。
 捺奈さんは俺を振り返ってちょっと笑った。

「……そゆことは後で考えよ。まだ返すかどうかも決めてないよ」

 くしゃ、と頭を撫でられて、俺はまだ子供でしかないことが痛かった。
 ふたつしか違わないはずの捺奈さんが遠かった。






 出発点の洞窟の壁。
 紋章をかざすと仕掛けが壁の中でぐるぐる動いて、ちゃんと空いた。

「ぃやたー!」

 二人で喜んでると空いた壁の向こうから獣の唸り声がした。

「……前途多難ってやつ?」

「みたいです」

 剣を抜く。ぎらり弾いた光が獣の輪郭を少しだけ映した。
 紋章を返すにしろ返さないにしろ、とりあえずここを抜けるのに時間がかかりそうだ。





…異界の凍える魔の地にて。




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あきゅろす。
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