[携帯モード] [URL送信]

WestendCompany.
只今撤退中。



 がっ、片手を掛けて床を蹴り、崩れた像の台座に乗る。もう何の像だったか分からない程朽ちた像、その頭を蹴って跳ぶ影がひとつ。
 影が叫んだ。

「宗茄!」

 未だぼろぼろの床を駆けていた少女がほぼ反射で身を床に投げ出す。ふたつに分けて編んだ髪を矢が掠めて柱の間へ消えた。その矢尻が鈍い紫に光っていることを、この場の誰もが承知している。

「無事か!」

「どーにかね! …要さん、手!」

 伸ばされた手を取って、台座の上まで引き上げる。台座のすぐ側まで床がぼろりと崩れた。口を開けた闇。それだけ。

「早く!」

 台座と像の更に上、柱の間に渡された梁のような石の上で、直刃が叫んだ。
 宗茄がそれに噛み付くように答えるのを聞き流し、杖で台座の上の僅かな隙間を叩く。いけるか。やらないと駄目だけど。俺も宗茄もあそこまで跳ぶのは難しい。失敗したら、落ちる。底に着く前に心臓が止まりそうな深い闇の中。

「宗茄」

「はい」

「ちゃんと抱えてろよ」

 それには何も返さず、宗茄は腕の中の魔導書と簡素な聖女像を抱く力を強くした。
 目を閉じる。周りの音を消して。描いた真円は浅葱色。きんいろの魔法文字を内側に。もう一度浅葱の真円。
 おれはいまそこにいる。

「、あ」

 右腕に宗茄が掴まった感触がした。うっすらと目を開ける。もうほとんどの床が落ちたらしい。ああ宗茄を取り零さないようにしないと。

「丁度いいからそのまんま掴まっといて」

「え、あの」

「飛ばすよ」

 俺の宣言通り、俺と宗を乗せた浅葱色の魔法円がふわりと浮いた。
 瓦礫が降り始めた。もう時間がない。






 そしてそのまま全力で飛ばしたのが悪かったらしい。
 迷宮の入り口、朽ちかけた神殿の天井のない広間で、俺と宗茄と直刃は座り込んでいた。三人共埃だらけだ。俺は多分どっかに痣も作ってる。
 宗茄が膝を抱えて呟いた。

「…あたしもーやだ」

 要約すると、俺と宗茄と直刃が迷宮めいた地下神殿に入り、目的である聖女像を取った途端に罠が作動、いきなり周りの床が抜け出して、慌てて魔法円発動して偽アラジンみたいなことをしてる最中に、どっからか飛び乗った小悪魔型の魔物が宗茄から聖女像を奪って落ちたらしい。
 落ちたらどうなるか分からないから追いかけなかった宗茄は正しいんだけども、宗茄は納得できてない。
 俺は立ち上がった。

「じゃ、もっかい行こうか」

「え、」

「でも全部崩れて、」

 二人は純粋に疑問符浮かべて俺を見上げた。ああそうだ、この二人は魔法的な適応能力が高すぎて(つまり周りの魔法に馴染み易すぎて)、幻術とかにあっさり引っ掛かってくれるひとだった。
 気付くわけないよなぁ、思いながら言った。

「だってあそこって魔術空間だよ? 今頃は全部元通りじゃない?」

 沈黙が降りた。
 二人は丸い目で俺を見ている。うんかわいいな中学生。変な意味でなく。二人共普段目付き悪いけど顔は悪くないんだよね。

「……えっと、それじゃ、あの床、」

「幻覚、とはちょっと違うけど、多分あの空間は本来なんにもないんだろうね。そこに魔法濫用して神殿っぽくしてるだけ。あの床の下、多分世界の狭間に落ちるか途中で無限ループ使って永遠に落ち続ける感じになると思うよ」

 さらっと言ったけど、これは結構すごいことだ。この世界が比較的空間に存在する魔術要素が多いにしたって、百年単位でそれを従わせ続けるには相当の緻密な計算と術式とそれを実行する技術が必要だ。誰が組んだプログラムか知らないけど、一流より上の術者に違いない。
 現実逃避気味に学校の宿題の話を始めた二人に背を向けて、俺は地下への階段に目を向けた。

「さて…と、それじゃ、どうやって式崩すか考えようかな」

 あの像って一ヶ所に固定しとくとけがれ溜めて空間歪むんだよねー。
 ひとりごちて、俺は二人を現実に引き戻しにかかった。





…ふりだしにて一休み。




[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!