WestendCompany.
揺るがすもの、在り 1.午前
ある丘の上の屋敷で、夜会が開かれることになった。
屋敷の者だけでも手は足りたが、少数の日雇いの者も屋敷に入れることになった。
10:32a.m.
「そこの貴方! このクロスを保管庫まで運んで頂戴!」
「はぁい!」
頭巾を直していた捺奈は、返事をして意外に量のある白いクロスを抱えた。運んで来たはいいが数を間違えたらしい。
捺奈はカートを押していた他の女中を捕まえて尋ねた。
「すみません、クロスの保管庫はどちらでしょう」
微かにそばかすの残る頬の女中は、自分の歩いて来た方を指して言った。
「ここの廊下のふたつめの階段を三階まで上がって右手に折れて、最初の階段を一階まで降りてから左側の廊下右手の三番目よ」
「…なんですかその面倒な手順」
なんか髪が跳ねた気がするなぁ、と思いながら捺奈が言うと、気のよさそうな女中は肩を竦めて言った。
「何度か改築してるのよ、ここ。新顔は必ず迷うわ。幸い今日は人も多いし、分からなくなったら他の誰かに聞けばいいんじゃない?」
捺奈が笑って礼を言う前に、女中頭が声を上げた。
「貴女方! 早く仕事なさい!」
「「申し訳ありません!」」
二人は同時に頭を下げ、急ぎ足で目的の場所へ向かった。
「えっと、ふたつめの階段を三階まで…」
呟きながら前を見据える捺奈の瞳は、単なる女中には見えない鋭さを持っていた。
11:28a.m.
小夜は与えられた日雇い専用の控え室に滑り込んだ。
「小夜」
呼んだのは流で、奥に唯一ある椅子を占領した宗茄は、眺めていたいつもの魔導書を閉じた。
「お賄いです。早めに頂いて来ました」
「わぁい」
「お茶ちょうだい、小夜」
どうやら動く気のないらしい宗茄が言うと、小夜は文句も言わずそれに従った。いつものことらしく流も何も言わない。
宗茄が紅茶を一口含んだのを見ながら、小夜が流に尋ねた。
「ドアボーイの真似事はどうにか誤魔化せそうですか?」
「パーティ開始前後の一時間くらいっきゃ仕事ないし。大丈夫だと思うよ?」
流が笑って言うのにひとつ頷いて、小夜は宗茄に目を向けた。
宗茄は素知らぬ顔で紅茶を飲み干し、カップを小夜に手渡して立ち上がった。
「体調不良の女性のエスコートったってね。これ幸いと男の胸目掛けて倒れそうなもんだけど」
「部屋までの道案内が必要なんです。室内でかち合ったらコトですから」
目を伏せて淡々と言う小夜にふンと鼻を鳴らして、宗茄はまた魔導書を開いた。
「まぁヘマはしないわ。下手打ったら殺されるのはあたしだしね」
「死にはしないだろうけど、売られるかもねぇ」
流が「そんなことさせないけど」と続けるのと、小夜が「そんなことさせません」と言うのが同時だった。
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