WestendCompany.
来襲の愚者
あたしは空の器を眺めてぽつりと呟いた。
「………いいひとっているもんなんだ」
妙にしみじみとした声の調子に、正面に座ったお腹の大きな女性がくすりと笑った。
あたしは由夢、下手打って世界の狭間に落ち、相棒の弘怜とはぐれた。
落ちた先は鄙びた村の片隅で、玄関先に突然現れたあたしを、身重の女性が介抱してくれた。
訳有りだということを悟ってくれたそのひとは、あたしのことを何も聞かない代わりに自分のことも聞かないでほしいと言った。
一人分しかない家具類を見て、あたしもそれを承知した。
一週間経った。
まだ迎えは来ない。
二つ三つ世界が崩壊するのに関わってるらしく、勇者様ご一行の手伝いで手一杯なんだそうで、あたしはまだそのひとの世話になっていた。
そのひとは一人きりでも幸せそうだった。
自分もそのひとと同じ「女」で、あたしもいつか命ひとつ腹に抱えるかもしれないと思うとちょっと不思議だった。
ある朝。
日の昇り切らない朝靄の中で、あたしは水桶ぶら下げて欠伸をひとつした。
ぱりん、と音がしたのに気付いたのは、多分あたしの獣の本能が、戦いたくて疼いていたからだろう。
がろん、
水桶投げ捨てて、あたしは家の方へ走り出した。
襲撃者を片付けて始めにしたことは、数日前からの視線に気付いていながら何の対策もとらなかったことについての謝罪だった。
「あたしは諜報に向いてないから、襲われたら反撃するけどむしろ喧嘩売られたら売り返すけど、背後関係洗うとかは無理。気付いてないみたいだったから迎えが来てから誰かに調べてもらおうと思ってたんだけど、」
そんな暇なさそうね。
暴れたせいで荒れている部屋の中で、そのひとはぎゅっと拳を握った。
『先輩』
部屋に響く声。姿の見えない声の主に、そのひとはあからさまに怯えた。
「遅い馬鹿」
『文句言わないで下さい。こっちにも事情ってものが存在するんです』
「連絡入れたってことは手が空いたんでしょ、調べ物頼まれてくれない?」
あたしは売られた喧嘩は売り返す主義よ。
怯えるそのひとを置き去りに、あたしは虚空を睨み付けて、にぃと笑んだ。
とある城の尖塔の最上階に、男は部屋を与えられていた。
殆どが白髪に変わった髪は短く刈り込まれ、緑がかった瞳は年齢の割に酷く鋭い。
鈍い青の衣の裾を揺らして、男は蝋燭の火を消した。
「こんばんは」
驚愕を顔に張り付けて、男が窓を振り返る。
いつの間に開いていた窓に、若い娘が腰掛けていた。
瞬時に表情を消して、何者だ、と言う男を無視してあたしは言った。
「やー、流石に驚いたよ。なんか事情あるんだろうとは思ってたんだけど、まさか国王の第一子だったなんてね」
それだけであたしの目的が分かったらしい。無言で壁の仕掛けを操作する男に、あたしはにぃと嗤った。
「衛兵がここに来るのにどれだけかかる?
まぁあたしは最低限一発殴らなきゃ気ィ済まないけど、そのくらいの時間はあるだろうさ。
別にあのひとの子の存在認知しろなんて言わない、でも今後一切関わらないって言質はもらうからね」
あたしはすらりと刃を抜いた。
裏目に出たらあの子の担当あたしに確定なんだろうな。
力一杯床を蹴りながらちらりと思った。
…幸せになるためかどうかは知らないけど、不幸にならないために生まれるんだと思う。
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