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WestendCompany.
すべてを知るものとすべてを聞いたもの



 ここはいつも不思議なおとで満ちてる。
 ガラス戸に手を掛けたところで思った。
 戸を開けるとおとが強くなって、頭の上でドアベルが鳴って、それから店の奥から優しい男の人の声がした。

「いらっしゃい」

 天井じゃなくて床に置いた明かりに照らされて、宝石かガラス玉か分からないなにかが、綺麗に飾られて光っている。人が三人入ったらいっぱいになりそうなお店、その奥のカウンターでなにか作業をしていた男の人が、あたしをみて優しく笑った。

「相里か。今日はお使い?」

「んん、遊びに来ました。あたしあと三日くらい暇だから」

「そっか」

 好きに見てていいよ。
 そう言って手元に目を落としたこの店の主(このひとしか店員いないんだけど)である要さんは、またなにか魔法的重要事項に関わっているらしかった。
 だってすごい集中してる。
 耳鳴りがするほどの様子から関わんない方が無難と判断を下して、あたしは要さんの手元から無理矢理目線を引き剥した。






 要さんは「魔法使い」だ。笑っちゃうけど本当だ。
 この小物屋さんは要さんのもので、要さんは大学行きながらアクセサリーを作ったり家でできるバイトを探してやったりしている。聞いてるだけで大変そうだし本人も大変だって言ってるけどとても楽しそうだ。
 そして要さんの作るものには、わざと魔力が込められている。
 これを買った人が、幸せでありますように。
 「誰にも聞こえない声を聞く」あたしには、ここがオルゴールや風鈴や、そのほか綺麗な音を出すもののおとで満ちているように聞こえる。






(でも、あれは)

 ちらりと要さんの手元を見て、あたしは目を逸らせなくなった。
 ブローチ。おおきなルビーの。血の色。思って背筋が凍り付いた。
 誰かの声がする。あたしに分からない言葉で、それでも恨みと憎しみと呪いの言葉だということは分かった。
 違う、帰りが遅かったのも綺麗な女の人と話してたのも隠し事してたのも、貴女に喜んでもらいたくて、驚かせたくて、今までたくさん嘘吐いて誤魔化してごめんなさいって、それだけ。
 悲しい行き違いまでを聞き取って泣きそうになった。
 目の前に誰かが立ってるのに気付いたのはその後だった。そのひとがそっと手を上げて、その手が肩に置かれることが分かったからそのまま泣いた。

「相里」

 困ってる要さんの声。要さんは全部を承知してることも分かってまた泣いた。この恨みごとはもう過去のもので、持ち主はもう眠りたくて、でもブローチに込めた思いが本人よりも強力になって眠ることを許さなくて、だから要さんがどうにかしようとしていることも分かって帰ることに決めた。

「あたしかえります」

 じゃまになるから。
 泣き声で言うと、要さんが濡れたタオルをくれた。

「また、おいで」

 顔を上げなくても、店の外まで出て手を振ってくれていることが分かったから、振り返ってお辞儀をした。
 夕焼けが綺麗だったけど、日が落ちかかったときの赤がルビーの赤に似ていて、その日は早めにカーテンを閉めた。





…今日も、平和だ(過去と未来を見なければ)。




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あきゅろす。
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