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WestendCompany.
引っ攫う


「ってきまーす」

「はぁい、気をつけてねー」

「んー」

 欠伸混じりに返事をして、玄関から外に出るまでは普通だった。
 ばさり。
 視界が真っ白になって、慌てて腕を振り回したらバランスを崩して倒れた。

「わ!?」

「どうかした?」

 俺の声を聞いて出て来たらしい母さんに、誰かが言った。

「申し訳ないけど、お宅の息子さらうから」

 その台詞を聞くのと大きな白い布を被せられていることに気付いたのは同時で、一秒もしないうちに意識が遠くなった。






 次に気付いたら周りは真っ暗だった。
 まだ朝じゃないのか、と寝ぼけた頭で思って寝返りを打つと、また声がした。

「目が覚めた?」

 それがさっき聞いた声と同じだと気付いて起き上がると、岩か何かの上に誰かが座っていた。
 黒い髪に黒い瞳に黒ずくめの服、全身真っ黒いのに周りの暗さに溶けて消えることはない。肩に立て掛けた長い棒のようなものは彼女の身長ほどあるようだった。
 彼女。女だった。しかも高校生の俺と同じくらいの、ショートカットの目茶苦茶な美少女。
 明かりなんてどこにも見えないのにきらきら光る目をこちらに寄越して、彼女は言った。

「立って」

「は?」

 特に意味もなく、強いて言えば自分が誘拐されたことに気付いて機嫌が下降したので、上げた声はさっくりと無視された。まぁ期待してないさ。ちっ。
 彼女は座っていたところから降りて、背を向けて歩き出した。

「歩けるなら着いて来て」

「ちょ、待、」

 ここはどこであんたは何者で俺はこれからどうなるんだ。
 言おうとした台詞は全て喉につかえて止まった。
 彼女が振り向いて、棒の先端についた刃を俺の喉元に突き付けたので。
 驚いたことに、彼女の棒はロープレに出て来そうな槍だった。
 実用性に欠けて見える冗談のような見掛けも、突き付けられた俺としては冗談では済まない。

「あんたに拒否権は存在しないしあたしは何も答えない」

 言い切って、彼女は向き直って歩き出した。
 俺は着いて行くしかなかった。






 ここがどこだかは知らないが、随分と広い「洞窟」のようだ。いつまで歩いても明かりひとつ見当たらない状況で、俺はここが「国外の洞窟」だと思うことにした。
 だってこんなとこが俺のテリトリーのすぐ側にあったら怖いだろ?
 彼女は俺が疲れたと言えば休み腹が減ったと言えば干した果物のようなものを寄越してくれたが、俺が何を言っても一言も話してくれなかった。
 交わした会話といえば、俺が窪みだかなんだかにつまずいてこけたときに「大丈夫?」「多分…痣はできたろうけど」「そう」これだけだ。
 話しかけても空しいのでやめた。
 そして今、彼女は誰かを待っているようだった。
 そこらの岩に座り込み(どうやら地面に直接座りたくないらしい)、時折今まで俺達が歩いていた方向に目をやって、また戻る。
 俺はやることがなくて暇だった。
 なんで俺ここにいるのかなぁ、誘拐っつってたけど身代金とか要求しなくていいのかなぁ、つーかなんで大人しく着いてってんの俺。や、分かってる。多分。槍で喉笛かっ切られるのが怖いからじゃなくて、いや怖いけど、そうじゃなくて、優しいからだ。俺の勘違いでもなんでもなくて、理不尽じゃないからだ。何かを強制されたのは一度だけ、着いて来い。これだけ。
 俺はどうしてここにいるのかなぁ。また思った。
 彼女は突然立ち上がって言った。

「行こう」

「待たなくていいのか?」

 彼女はやっぱり答えてくれなかったので、俺は黙って付いて行った。






 どれくらい歩いたかは分からない。
 遠くの方にぽつんと明かりが見えて、俺達が近付く速度より早く距離が縮まった。
 明かりを持って走って来たのはまた黒い髪と瞳の美少女で、これまた瞳がきらっきらしていた。明かりが何なのかは分からなかったが、多分電球とかじゃないんだろうなー、と思った。

「ごめ、ちょーっと私用で遅れた」

「遅い」

「ごめんってば」

 明かりを持った少女は眉を下げて苦笑し、俺の腕を引いて言った。

「じゃ、行こっか。あたしは捺奈。よろしく」

 にっこりと笑ったその顔に半ば現実逃避気味に見惚れて、俺は引かれるままに歩いた。
 歩いて、その先は行き止まりだった。
 壁画の描かれた壁の前で、俺の腕を離した捺奈は、何かぶつぶつと呟いていた。
 唐突に腹の内側が熱くなった。

「は、……ぇ、」

 何これ、と呟く前に熱が広がった。腹と胸の内側が焼かれているようだった。もしくは内臓が地下のマグマと直結したようだった。足と手は特に異常がないことが、逆に不気味で背筋が寒くなった。その寒気もすぐに熱に飲み込まれた。
 耳は聞こえなかった。叫んでいたかもしれなかった。二人が何か言ったかもしれなかった。
 そして始まりと同様に唐突に終わった。唐突過ぎて逆に寒くなった。今度はがたがた震え出した俺を、槍の少女が抱き締めてくれた。俺はそのことに喜ぶ余裕もなかった。
 余裕ができた頃にはもう腕は離れていて、二人はとっとと歩き出していた。目の前にあったはずの、壁画の描かれた壁が消えていて、俺はぼんやりと、さっきのはなんかの二次災害だったのかなぁ、と思った。
 二人は十歩ほど進んで、最初に会った少女が、すっとその場に片膝を付いた。

「おいで。……あたしがわかる?」

 それからしばらく彼女はそのままだった。捺奈はいつの間にか俺の隣りに立っていた。俺は捺奈は質問に答えてくれるのかなぁとか思っていたけど、流石にそんな雰囲気じゃなかったので黙っていた。
 暇だったので、ここってどこなのかなぁとか、中に誰かいるのかなぁとか、いるとしたら誰なのかなぁとか、封印っぽいものされてる奴においでとか言っていいのかなぁとか、つーか知り合いなのかなぁとか、こういうこと平気で考えるから俺は変人扱いされるんだろうなぁとか、いろいろ考えていた。考えている間も彼女は全く動かなかった。
 彼女の後ろ姿が動いて、立ち上がったのは相当時間が経ってからだった。
 振り返った彼女は、キツネのような動物を抱えていた。金色なのか何なのか、とにかく明るい色の毛並みが、明かりに反射して綺麗だった。青みがかった灰色の目が、彼女を見上げて、俺を映した。くぅん、と鳴いた声は、なんとなく犬っぽかった。
 キツネみたいななにかを見る彼女の瞳は、少し緩んでいた。俺はちょっと羨ましかった。
 さて、と捺奈が言った。

「あたしは行くね」

「よろしく」

 捺奈が奥に行くのと反対に、キツネみたいなのを抱えた少女がこっちに来て、俺をちらっと見て、言った。

「送ってく」

 どこまでも俺に拒否権はないらしかった。
 俺は黙って着いて行った。






 彼女は俺が疲れたと言えば休み腹が減ったと言えば干した果物のようなものを寄越した。
 一度彼女は唐突に止まり、俺の左の手首に何かを括り付けた。それが何かは聞いても教えてくれなかった。
 一度俺は唐突にキツネみたいなのを抱かせてほしいと言い、彼女はしばらく迷って、最終的に抱かせてくれた。温かかった。






 気付いたら家の前だった。
 玄関の前で瞬いて、右を見て、左を見て、後ろを見て、上を見た。曇っていた。
 左の手首には、緑のイミテーションのブレスレットが付けられていた。細い紙が括り付けられていて、「何かあったら」のあとに、市外局番付きの電話番号が書かれていた。
 俺はその後警察の取り調べと親の過保護で、二週間くらい外に出してもらえなかった。






 自分の中でもう少しまとまったら、友達か誰かに、このことを話してみようと思う。
 学校でいじめられている俺としては、まず友達を作るところから始めなければならないが。





…助けたのは誰で助けられたのは誰なのか。




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あきゅろす。
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