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WestendCompany.
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「兄さん!」

 マスコミや警察関係者でごった返す中、私は妹の声に安堵してそちらへ足を向けた。
 痩せてはいるが一時期よりも肉付きの良くなった身体に、見る度に安堵する。胸の「柳原化粧品」と書かれたネームプレートには、妹の名があった。

「無事か?」

「何ともないよ。爆弾があるかもってことで一応避難しただけだし」

 心配性だと笑う妹に、私はほっと溜め息を吐いた。
 ――よかった。本当に。

「……おいなんだあれ」

 それを言ったのは誰だったか。
 時折怒号さえ飛び交う喧騒が、声を出すことをためらう様なざわめきに変わるのに、そう時はかからなかった。
 皆一様に空中のある一点を見上げていた。






 『それ』は、シャボン玉の様に見えた。
 だが、その内部に黒い機械を包み込んでいることで、シャボン玉などではないことは容易に知り得た。






 誰も何も喋らない間ができた。
 決して長いとは言えないその間に、球形が三分の一程に縮んで、戻った。
 中の機械は只のがらくたになった。
 虹色に揺れる球が消えて、残されたがらくたがからからと音立てて落ちるのを見、私はほっと吐息を漏らした。

「ちょっとあんた、」

 とん、と肩を叩かれて、振り返ると見知らぬ少年が私を睨み付けていた。

「……何か?」

 そのまま黙って視線をこちらに寄越す少年に言うと、少年はふっと目線を逸らして妹に言った。

「…すいません、五分で済むんでこのひと借りていいですか」

「え? あ、はい」

 命じられることに慣れた妹は、あっさりと頷いて掴んでいた私の腕を離した。

「こっち」

 少年は私の腕を引いて雑踏から抜け出した。






 公園に人影はなかった。ビルを見に行ったか避難したのだろう。
 少年はさらりと言った。

「ビルに爆弾仕掛けたのってあんた?」

「…とりあえず聞こうか」

 素人探偵くん、と冗談めかして言うと、少年はしれっと「素人どころじゃないな」と返した。

「殆ど勘だから」

 少なからず驚いて(同時に少しばかり呆れて)軽く息を詰めると、少年は続けて言った。

「あんたあのまるいの見て溜め息吐いたろ」

 酷く安堵したかの様に。

「周りみんな、あれ何だって騒いでんのに。あんただけだ。あの妹さんの腕引いてたの。普通びっくりして離すのに、あんただけ妹さん守るみたいに自分の方に引いてた。
知ってただろあんた、あの中が爆弾だって」

 根拠はそれだけ。
 少年は沈黙した。言いたいことは本当にこれだけの様だった。
 私は特に反論しなかった。
 そのときだ。

『直刃』

 少年が言った。
 様に見えた。
 だがしかしそんな筈はない、少年は口を開いてもいないし、第一これは少年と同じ年頃の少女のものだ。
 少年は特に動作をすることもなく答えた。

「なに」

『直刃さ今さ、爆弾処理行ってんだよね』

 あまりに非日常的な会話に最早付いて行けなくなりつつある。とりあえずこの少年が「すぐは」と言うらしいことは分かった。

「終わったとこ、なんで」

『違う』

 少女の澄んだ声に、「すぐは」は少しその瞳を見開いて胸元に軽く手を置いた。

「…何それ」

『ビルはフェイクなの、本命の方に今行ってる、』

「馬鹿かお前!」

 「すぐは」が突然声を荒げた。自分に向けられたものでもないのに身体が竦む。

「ふざけんな今どこだ、今から行くからそこで待ってろ!」

 言いながら踵を返した「すぐは」に、冷静な声がかけられた。

『いらない。あたしだけでいい。大丈夫、やり方はせかいが教えてくれる』

「相里!」

 「すぐは」がまた怒鳴るのを無視して、今ここにいない筈の「あいり」が言った。

『…こんにちは爆弾犯さん、そこにいますか?』

 少女の黒い瞳がひたと私に向けられる様が目に浮かんだ。

『あたしさっき、事故に遭いました。巻込まれたんじゃなくて見ただけだけど』

 自分の服の胸元をぎゅっと握り締めた「すぐは」が、ほっと溜め息を吐いた。

『事故ったのは、軽トラと郵便局の回収車。
手紙ばらまかれて、あたしそこから真っ白い封筒をとったの』

 だってすごくかなしそうなおとがしたから。

『意味は分かるよね』

 静かな声が宣告した。――ああ、分からないなどということがあろうか、それは。

『読んじゃった、ごめんなさい。もうひとつ、貴方の計画ぶち壊すから』

 膝の力が抜けて地面に付いた。ぼんやりと中空を見つめる私を、「すぐは」が不思議そうに見ていた。

『貴方が「烈火の天女」に仕掛けた爆弾、――解除させてもらいます』

 ああ、これで、赦される、開放されると思ったのに。






 『烈火の天女』本部に爆弾があったこと、その爆弾をどこかの少女が解除したことを、公園の前を走って行った連中が言っていた。
 私は手の中のスイッチをからんと落とした。






――最愛の妹へ。



――この手紙が届く頃、私はもうこの世のものではないだろう。



――私は今日死ぬつもりだ。



――お前にだけは言っておこう。既に過日となっているであろうビルと『烈火の天女』本部爆破事件、それを為したのはこの私だ。






「始めにビルの爆破を命じたのは、教祖本人なんだそうだ」

 夜。
 星明かりは都会の眩さに遮られ、ビルの屋上まではネオンライトは届かない。
 都会のただ中にある暗闇の中、いくつかの人影が腰を下ろしていた。

「柳原化粧品商社の社長がこっそり金の着服してたらしくて、その制裁のためだったらしい」

「それで爆弾かいっ!」

 声を上げたのは捺奈だ。答えたのは直刃。

「始めは部屋がちょっと荒れるくらいの規模で、予告もなしってことになってたらしいんだけど」

「実際、ビルにあった方は大したことできないやつでしたし。悪くて机がちょっと飛んで硝子が割れるくらいで、よっぽど運が悪くない限りほっといても人死には出なかったんじゃないかと思います」

 爆弾を見つけた本人の流が言う。直刃はこっそり「なんで爆発の規模まで分かるんだろう」と思っていたが、追及するのはやめておいた。

「あの実行犯が計画の修正したらしいです。幹部だそうですよあの人」

「おいおい何やってんだ」

 幹部イコール実行犯てそれどーなの、とこぼした捺奈に、少し声の調子を落とした直刃が言った。

「妹さん助けたかったんでしょ」

 なんとなく分かります。
 直刃が軽く目を伏せると、でもさぁ、と捺奈がぼやいた。

「あの封筒の、『世界で最も神に近い場所で、朱色の華を咲かせよう』ってやつ。あれ嘘?」

「あー、まぁあの規模の爆弾で火災まで行かすのは厳しいんじゃないですかね」

 壁破るのも難しい感じ、と言った流の台詞に被せて、直刃が「ほんとだよ」と言った。

「なんで」

「どこが」

 いっそ無表情に言った捺奈と流に、直刃はにぃと笑んで見せた。

「『烈火の天女』本部の爆弾は、教祖の執務室にあった。
『最も神に近い場所』――つまり、神の使者たる教祖様のおわしますところ、ってわけ」

 ちなみにあのひと、妹の無事を確認したら本部に戻って執務室でスイッチ押して自殺する気だったらしいよ。教祖ごと。
 直刃が語り終わると、捺奈が溜め息を吐いた。

「っは。馬鹿じゃん」

「わあ手厳しい」

 流がくすくす笑うのに釣られて笑った後、直刃は立ち上がって言った。

「じゃ、俺は帰りますから」

「ん、またね」

「大丈夫だろうけどお気を付けてー」

 互いにひらりと手を振って、ビルから三つ分の影が夜の街に降りた。





…助けたかった、救いたかった、でももうこれしか解らなくなっていた。




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