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WestendCompany.
愛しきひとへ




世界で最も神に近い場所で、朱色の華を咲かせよう。






 「世界で最も高いビル」の管理会社に数百通送り付けられた白い封筒には、そう書かれた便箋が一枚、入っているだけだった。






「で、これがその『世界一高いビル』なわけね」

 野次馬やマスコミが警察関係者に押し戻されてごった返す中、少し離れた広場で嘆息する少年と、その隣りに立つ少女がいた。
 二人の視線の先には、過日のテロにより破壊された二本の天高き人工物の代わりに「世界一高いビル」の誉れを受けることとなった、人の欲望と栄光と破滅を同時に象徴する建物があった。
 少年は音が鳴りそうな程硬質に煌めく黒髪をうるさそうにかき上げて言った。

「――ここに爆弾があるって?」

「みたいね」

 唇にゆるりと笑みを乗せて返したのは、同じく眩いばかりの黒髪をぞんざいにヘアピンで留めて項を晒した少女だった。
 しろく輝く黒瞳を眼前の罪深きひとの証とも言える建造物にやって、二人は世界を害するものの排除を開始した。

「流はもう行ってる」

「数羅に探させればいいのに」

「文句言わない。――実際、今精神攻撃手が相手みたいだから、夢見行けないんだってさ」

「自力で探せってか…」

 ぼやく少年の名を直刃<すぐは>、苦笑する少女の名を捺奈<なずな>と言った。





「せーんぱい」

 警察の目をすり抜けてビルに入った二人は、やはり黒髪黒瞳の長い髪をひとつに括った少年に出迎えられた。

「警察はどう?」

 通路の片隅で三人額を寄せ合い、髪の長い方の少年が肩を竦めて見せた。

「しらみ潰しだけど…多分あれじゃ無理」

「少なくとも警察に見つかるようじゃ三流だろうね」

 さり気に失礼な物言いをする三人は、とりあえず思い付く限りの場所を並べることにしたらしい。「トイレの天井裏」「監視カメラの真上」など、割とよくある場所の名が上がる。爆破事件がよくあることなのかどうかは別にして。
 どうやら「流」と呼ばれているらしい少年が、肩を竦めて返答した。

「…んな分かり易いとこにあったら警察も苦労しないと思います」

「じゃあどこ?」

「…屋上とか」

 直刃が本人も自信のなさそうな声音で言うと、流があっさりと否定して見せた。

「ところがどっこいここの屋上って半年前から工事中なんだな」

「…いったい何つくってんだか」

「さぁ?」

 なんでしょ。と首を傾げる流の瞳にからかいの色を見つけて、直刃は流を睨み、沈黙を選んで捺奈に目線をやった。

「ありきたりで悪いけど、外部の人間の出入りってどーなってんの?」

「それがここのビル人件費ケチってるらしくって」

 流がまた肩を竦めると、直刃と捺奈二人共が嫌そうな顔をした。

「……………多いんだ。バイト」

「どこまでもやな状況だなおい…」

「でもこっちはまだ救いがあって、そのバイトの九割が『烈火の天女』の会員なんだってさ」

 流が付け足した情報に、すっと捺奈の表情が抜け落ちた。

「……捺奈先輩?」

「………」

 直刃が捺奈の顔を覗き込むが、それに気付いた様子もなく考え込む。

「………ここの三十七階から三十九階までの三フロア、借り切ってる会社」

 ややあってぼそりと吐き出された台詞に、流がこてんと首を傾げた。

「柳原化粧品商社ですか? でもなんでいきなり」

「知らない? そこの社長の柳原って人、『烈火の天女』の幹部なんだけど」

 一人話について行けずに不満そうにしていた直刃が、すっと表情を変えた。

「じゃあバイトって、」

「多分そこの会社! とりあえず行ってみよ、けーさつに見つかる前に外さないと大騒ぎになっちゃう!」

 爆破予告が出た時点で既に大騒ぎになっているのだが、そんなことは三人共承知していたので、敢えて指摘する者は誰もいなかった。







 『烈火の天女』は新興宗教組織である。
 世間一般の印象に漏れず、『烈火の天女』も少々不健全な組織であった。何をしていたのかはご想像にお任せしよう。ただ一つ、取り繕ってはいたが、やっていることはそこらのヤのつく自由業と大した違いはなかった、とだけ言っておく。
 私は『烈火の天女』の幹部だ。
 だった。
 『烈火の天女』に不信感を感じ始めたのは、妹の入信がきっかけだった。
 妹の身体が摩耗し、瞳だけがぎらぎらと光る課程を見、漸く私は自らの過ちに気付いたのだ。
 そこからが大変だった。
 何せ妹はどっぷりと『烈火の天女』の思想に浸り切っていたし、私も似たり寄ったりの状況だった。だからこそ幹部にもなれた。
 幹部権限を惜しみなく使い、妹を私付きの側使え(名称は「秘書」だったが、結局奴隷とそう変わらなかった)にして、あらゆる手を使って修行という名の拷問から遠ざけた。
 妹の就職先が決まったとき、私は両手を上げて喜んだものだ。これで忙しさにかまけて『烈火の天女』のことなど忘れてしまえばいいと思った。






 甘かった。






 神と呼ばれるものが決して優しくなどないことを、私は知っていた筈だった。






 妹の就職先はやはり『烈火の天女』の息のかかった会社だった。」
(ある人の手記)




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