WestendCompany.
紡ぎ手の日常
さて、と。
何を書こうか。
何も書かれていないノートを眺め、あたしは鉛筆を握り直した。
ワープロは楽でいいけど、あたしは手書きも好きだった。
たまに上手く書けるとすごく綺麗に見えるし、下手にいって後で読み直すときに解読が難しかったりするのが面白い。だいたいパソコン持ち歩くのは大変めんどくさい。
ノートを滑る鉛筆が、黒く跡を残した。
そして少女は呟いた。
『あたしが望んだのは貴方の死でもなんでもない。
世界の破壊です』
その場の誰も、少女の華奢な手に握られたささやかな短刀が、魔の王と呼ばれたものの喉笛を裂くのを止められなかった。
(……暗いなぁオイ)
自分で書きながら自分で渋面をつくる。そういえば、この少女が笑わなくなったのはこの時期なのだと、宝石色した瞳の少年に聞いたことを思い出した。
(――宗茄)
透き通った紫の水晶が、遠い彼方の地にいるのだろう少年の声を、あたしの頭の中に届けた。
「郎暉? …なんかあった?」
『あったなんてもんじゃないし…』
溜め息に涙が混じることに気付き、あたしは眉をひそめた。
「なァに、ダレか落ちて来たとでも言うわけ?」
できればそれは勘弁してほしいなー、とあたしは思った。
世界の壁は案外脆く粗いものらしい。
ぽっと穴が空いてすぐに閉じるなんてことは日常茶飯事で、たまに人が落ちることもある。
…正直それが問題なんだけど。
空いたらすぐ閉じる、それは落ちたら高確率で戻れなくなるのと同義だ。
『…あは』
「ばーかー。つかなんでそれであたしを呼ぶわけ」
笑ってごまかそうとする知り合いを無感動な声音で罵る。次いで疑問を口にした。
方法を知る者にとっては世界を移動することは容易い。要するに技術と、それを為す馬力の問題だ。
あたしはまだそれを使えない。
落ちて来たなにかを送り還すなら、あたしよりももっとちからのつよい道士を呼んだ方がいい。
思って言うと、郎暉はしばし沈黙した。
『………………』
「…何なのよ全く。言わないなら手伝わないけど?」
『……………このひといきなり熱出してぶっ倒れたんだけど今ダンジョンの中なんだけど……………』
「……それは」
どうしよう。
しばらく二人して沈黙し、とりあえずそちらに向かう約束を取り付けて通信を切った。
「…さて、」
常に肌身離さず抱えている魔導書を持ち直し、袖口に仕込んだ短刀を確認して、ふと広げたままだったノートを見た。
真っ白だったそれには、鉛筆でびっしりととある少女の世界が記されていた。
『――さぁ始めましょうか』
手加減はいりませんね。
言った少女の瞳が、きらりと黒曜に光った。
醜悪なばけものが、開始の合図代わりの様に吠えた。
聞いただけで体験していない実話を見て、自分で書いたくせにあたしは顔をしかめた。
…ある意味のゴーストライター。
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