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WestendCompany.
地に堕ちた星の意思


 相性ってものが、ある。
 望むと望まざるとに関わらず。






(あっやば、)

 思ったときには矢が空を切っていた。
 鈍い音を立てて隣の的に中(あた)った矢を見て溜め息を吐く。

(…やっぱり駄目、か)

 二本ある矢のうち一本しか打たずに下がった俺を、暇なんだか目敏いんだか、数人が取り囲んだ。

「ひーろさとー? どしたよお前風邪でも引いた?」

「大会終わったからって気ぃ抜いたんじゃねーの」

 いろいろ勝手言ってくれる同級生達を綺麗に無視して、丁度射終わったらしい副部長を捕まえた(今日は部長は休み)。
 クラスメイトでもある副部長は、弓を置いた後に自分から話しかけて来た。

「調子悪そうだねー」

「絶不調」

 眉間に皺を寄せて言うと、「暫く休んでれば?」と言われて首を振った。

「今日駄目だこのまんま帰る」

「そーゆーことは部活前に言え。つーか何、お前ケガでもしたの?」

 問われて、左腕をぎゅっと押さえた。
 俺が射場に入っていないことに気付いた顧問が声をかけて来た。

「どうした天女(あまめ)」

 俺は振り返って顧問を睨み付けて言った。

「名字で呼ぶのやめて下さい!」






 更衣室で俺は溜め息を吐き、括っていた髪を解いた。
 何の因果か男の身で「天女」なんて姓を背負う羽目になった俺、こと天女弘怜は、生まれ持った女顔と腰まで届く髪のせいで、普段着だと女性と見られる状況に陥っていた。…主にやたら腹黒いクラスメイトと、滅法格好良い「相棒」のせいで。
 この季節には肌寒い半袖の弓道衣を脱ぐと、右手で左肩にそっと触れた。

「…いた」

 どくどくと疼く傷が熱を持っている。利き腕は右だしもう冬服だし今日体育は無いし部活だけ乗り切ればいいと思ってたのに、やっぱり保たなかったか。
 白い包帯に滲む赤を撫でて、剣道部の次期主将と言われる「相棒」を待つ間、何をしていようかと考えた。






 正面玄関で壁に凭れると、冷えたコンクリートが傷口に当たって心地良いことが分かった。
 背中まで冷たくなるのが難だな、と思いながら体の位置をずらすと、待ち人が後輩に手を振っているのが見えた。

「由夢」

 呼ぶと、俺の相棒であり女子剣道部員の綾辻由夢が、少し癖のある長い黒髪を揺らしてこちらに駆けて来た。

「やだ何あんた、やっぱし部活ばっくれて来たわけ」

「ん…やっぱ無理だった」

「あったり前、射手が肩壊してどーすんのよ、暫く夜衛はあたしがやるからあんた家で大人しくしてなさい」

 ほら怪我人はとっとと帰る。
 由夢が俺の腕を引いて玄関の方へ引っ張って行く。それでも引くのは右手で力もいつもよりずっと小さいことに気付いて、俺は少し笑った。






 この学校には神具があった。
 置かれたのはざっと五世紀前で、汚れを溜めていた神具を、俺らが清めることになった。
 この神具ってのが、学校の周り一帯の結界の要で、その目的は退魔破邪。つまりわるいものが入って来られない様にしてた訳で、要がない今は<闇>が入り込み放題になっている。
 俺達の仕事は、入って来た<闇>を排すること。
 …俺は昨日の夜に下手打って、左肩に傷を負ってしまった。






 俺は壁に背を向けてベッドに横たわっていた。
 両親は、俺が毎日の様に真夜中に出歩いていることを知らない。心配させたくないってんじゃない。…いや、少しはそういうところもあるのかもしれないけど、大部分はそうじゃない。
 面倒だから。
 あれもだめこれもだめ、っていうのがうざったいから。
 その程度。
 反抗期とか、そういう自覚もあるにはある。親に逆らってみたいだけ、かもしれない。でもこの線は譲れない。
 自分できめた。
 この傷を見られたら、絶対止められる。
 そんなことさせない。
 枕に顔を押し付けて呟いた。

「…由夢無事かな」

 自分で言ってて馬鹿だと思った。由夢は強い。喧嘩したら俺が絶対負ける。剣道有段者でも、正式な試合以外だったら由夢が勝つ。下手な異形だったら瞬殺。
 塞がらない傷口を意識しながら、でも、と呟いた。

「心配だよ…やっぱり」

 今俺凄い女々しい、と思いながら、俺は枕を抱く腕の力を強めた。






 結局俺は学校に来た。日付は変わりかけ、人影は殆どない。光源は電柱と宿直がいる事務室、校舎の反対側のここからは見えない。
 闇が深ければ、人は寄り付かない。人の手が届かない場所は魔の住家となる。
 微かな風に乗って生臭い匂いがした。
 …血のにおい。
 がさりと草むらを掻き分けると、獣の死骸があった。明らかな異形。かたちを持たぬもの。かたちを持たぬものがかたちを成したもの。
 これは記憶だ。ただ死を憂い厭い拒絶した最後の足掻き。ほんものじゃない。俺はさわれるけど、幻覚にかかりやすいから、ってだけ。
 万一見える誰かがこれを見たら、下手打つとそのまま心臓を止めそうな程凄惨な様に眉を寄せて、俺は骸のすぐ側に膝をついた。

(やなんだけどね…)

 溜め息を吐いて、俺はもの言わぬからだを抱き締めて歌い始めた。
 異国の唄、だ。誰も知らないまだ作られていないずっと昔に失われた唄。
 願いを込める。どうか来世の幸運を。いつかまたどこかで。たくさんの欺瞞。たくさんの詭弁。それを押し付けられても、どうかその心歪むこと無き様に。

「…無理だろうけどね」

 歌い終わって、なんにもなくなった腕の中を見下ろして、俺は呟いた。

「…った…」

 ずき、と疼いた傷を意識して、ふと視線を横に転じた。
 湖があった。

(ぅあちゃー…罠張られてたー…)

 幻術。自覚しても解く技術を俺は持たない。
 ふらりと立ち上がる。湖の上に、白い人影。
 まさかと思う心の隙に付け込んで幻術は展開される。普通水の上に人は立てない。好奇心で人を喚んで、更に深みに引きずり込む。でも生憎と、俺の周りにはアレが出来る人間が五人はいる。
 白い人影が、ゆっくりと振り向く。死に装束かと思う程白い薄物と淡い水色の帯。少しほつれて首筋にかかった艶やかな黒髪が妙に色っぽい。濡れた様な目が俺を捉えた。
 由夢のが瞳は綺麗だと思った。
 その人はこちらを向いて、殊更ゆっくりと手招きした。
 傷が疼くのと同時に足が勝手に動いた。

(…この傷)

 昨日から狙われてた訳だ、と内心だけで溜め息を吐く。もう体が自由に動かない。
 どうやらこの地の異形にとって、俺のからだは相当に美味いらしい。もう何度も狙われてる。この傷は、そのための布石だったらしい。傷の痛みを媒介にして術をかけてる。
 平常心奪えて一石二鳥って訳ね、と苦笑する。それだけで相当な労力を使って、俺はまた溜め息を吐きたくなった。

(やばい、なぁ…)

 闇に惹かれる性が俺にはある。今もあんまり抵抗する気が起きない。
 目茶苦茶相性がいいんだ。要するに。拒絶する気が失せる程。

(…でもやっぱ、)

 艶然と微笑む白い人を見ながら、俺は空を見上げようとした。
 ここならきっと満天の星空。

(シリウス、シリウス、きこえてる?)

 見えるか天空の狼、俺の守護となった不運な戦士。
 足を無理矢理止めて、首を反らして俺は思った。

(ごめん。
俺死ぬのやだ)

 たとえ誰のためでも。
 まだ死にたくない。
 視線を戻したら、由夢が後ろから白い人を斬っていた。






 一瞬だけ合った視線で、白い人は哀しそうにこちらを見た。
 まだ生きたかった。
 未練を残してももう諦めたいきものの目だった。
 白い人は地面に倒れる前に夢の様に消えて、それより前に由夢が膝を付いた俺の側に着いた。

「寝てろっつったでしょーが何でいんの!?」

 しゃがみ込んで俺の顔を覗き込む由夢には目もくれず、俺はやっと溜め息を吐いた。

「…いない方がいいかな…」

「…そーゆーこと言うなら来んな」

 俺のぼやきの意味を正確に読み取って由夢は言った。
 多分夜の眷属を喚んでる原因の半分は俺だ。こんなに相性のいい人間は滅多にいないから。
 自覚あるならいない方がいい。分かってる。
 甘える様に由夢に凭れて、俺は目を閉じた。

「…やっぱ由夢の横がいいな…」

 そのまま俺の意識は沈んだ。
 家まで運んで貰う分何か奢らないとな、と最後に思った。






 シリウス。天狼星。
 由夢に向けてるのが恋愛感情でないのは分かり切ってるけど、やっぱり大事なことには変わりないから。
 …感謝するよ。
 会えたこと、せめて隣にいられるだけの力が、あること。






…さぁ自分勝手なのは何処の誰?




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