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WestendCompany.
それが望み。



 簡単な仕事のはずだった。












 魔導書使い、英語に直すとブックマスター。直訳すると本の主。
 でも、本に使われてるってゆーのは、かなり珍しいんじゃないかと思う。
 あたしは本に選ばれた。あたしが選んだわけじゃない。


 結構最近の話だ。まだ一年経ってない。
 どっかのじーさまの屋台で、このやたらぶ厚い本を買ったのが最初。
 買って、受け取って、それからそのじーさまは笑ったのだ。

『君は選ばれた』

 当時何にも知らない小娘だったあたしでさえ、背筋がぞくりとする笑みだった。


 あのじーさまが誰だったのかは知らない。
 でも確実に、あのときあたしの人生は、違う方向に動き出した。






 今回のあたしの仕事は、異界の小国の宝物庫にある宝珠を受け取ること。
 疚しいことは何もない、国の主自ら依頼してきたのだ。手に余るものを持っていても、ただ腐らせるだけだと。
 懸命なのか臆病なのか、一目会って後者だとわかった。
 平凡な王になるだろう。後の世継ぎに、こんな名前覚えなくていいじゃないかと言われる様な王になるだろう。そしてこの後何事も無ければ、善き王として眠りに付けるだろう。
 何か勘違いしてる王に、これから自分はどうなるかと訊かれて、あたしは目を伏せて答えた。

 民の声を聴かぬ王は、民に声を奪われるでしょう。

 心当たりがあるのか、王はがくがくと頷いた。






 宝物庫には一人で行った。あからさまに異能者を避ける侍従に嫌気が差して、場所だけ聞いて帰した。
 …ちょっと後悔してる。暗い。
 「うち」は異能者だらけのくせに怖がりが多い。あたしもその一人。言い訳はいろいろあるけど、まぁそれは割愛して。
 あぁもうどうしてこう人のいないでかい建物ってのは。
 ぶつぶつ言いながら歩いて行くと、廊下の突き当たりに、またでかい扉と、その前に人影。
 細っこいひとだった。ざくざく切られた赤茶の髪と、緑の丈の長いローブが可哀相なほど合ってない。
 この国にも、一応魔導師はいるらしい。やっぱり白い目で見られるらしいけど。
 引き渡しの手続きでもあるのかと思った。だからつかつか歩いてって言った。

「どーも、ウエストエンドカンパニーです。何かご用でも」

「ああ、はい。ちょっと」

 言ってその人は、青い玉の嵌まった杖をこちらに構えた。

「すみませんが、死んで下さい」

 床に書かれていた魔法円が、ぼうっと緑の光を帯びた。






「蒼穹へ駆け上がれ金の鳥…!」

 足元から舞い上がった金色が火球を撥ね上げ、その隙に瓦礫の影に身を滑り込ませた。この瓦礫も、さっきまでは城の通路の一部だった。
 緑のローブの魔導師は、あたしを本気で殺しにかかっていた。さっきの火球もそう。どうやら炎と風が得意らしく、そればかり使ってくる。

(絶対他の属性も使えるだろうけどね…!)

 ぎり、と歯を軋らせてあたしは思った。
 魔術の基本は均衡と調和、と言ってもいい。バランス崩したら術者が死ぬことだってある。火地風水とかの自然を構成する元素属性は、基本的にどの魔法関連の修業施設でも教えることになってる。ただ単に、この人が炎や風と相性がいいってだけだろう。
 詠唱が速いのは、あの魔法円のおかげだろうな。
 思いながら、魔導書を開いて文字に指を滑らせる。

「この夢とかの空を繋ぎ、このくうとかの風を一と為すは白々のからだと脆弱なる波打ちなり――」

 緑の魔導師とあたしでは使う術の種類が違う。それでどれだけ粘れるかと、あたしはもう一度歯噛みした。
 しゅる、と足首に何かが巻き付く。

「は、っ…!」

 それを払う前に首にも蔦が巻き付いて、思い切り上へ引き上げられて一瞬呼吸が止まった。
 ぎっと睨み付けた魔導師は、ざっと三メートルくらいは下で、これだからでかい建物はとまた思った。
 そして魔導師の無感動な瞳に戦慄する。
 何なんだこいつは。

(思ってる暇ないけどさ…!)

 じゃき、と音高く取り出したそれは、袖口に仕込んだ、紅い玉の嵌まった手のひらに納まる程度の小さな小さな短刀で。
 そんなものが人一人吊り上げる蔦を一閃するだけで切り落としたのを見て、赤茶の髪の魔導師は大きくその焦げ茶の瞳を見開いた。
 たん、と無事に着地できたあたしは、術式の最後の数節を言い放った。

「色褪せるだろう朽ち果てるだろうそれを小人は受け取って、次の神の御名を呼ばう刻の捧げものとするだろう!」

 魔法円の緑が紅色に侵食され、次いで微かな金属音とともに消えていった。

「な…っ」

 赤茶の髪の魔導師は動かない。予想していなかったらしい。

(相手の封じは戦略としちゃ常識でしょーに…)

 絶対的に実戦経験が足りないのと、自分の力を把握しきってない感じがする。
 無事に着地できたあたしは本を構える。ふと笑みを浮かべた。
 これはあたしの力じゃないのに、何を勝手な。

「黒革の魔導書の造り手との契約により盟約により制約により、略式詠唱バズマラル第二章三段の発動を」

 動かない赤茶の髪の魔導師に、あたしはにぃと笑って見せた。

「請い願いそして信頼し確信しよう!」

 ここに入って、学んだことがある。
 詠唱にはなるべく命令を入れないこと。こちらは願う方なのだから、上から物言っちゃ駄目なのだと。
 少なくともそれは、この本に関しては当たっているらしい。
 バズマラル第二章三段。地中からの雷の召喚。
 赤茶の髪の魔導師のからだを黄金の光が貫き、


 その顔にちらりと笑みが浮かんだのを垣間見て、あたしは何かを予感した。
 それを捕まえる前に光が失せて、


 宝物庫の扉に火傷だらけの魔導師が吸い込まれた。

「…!」

 慌てて扉を叩くけど当然通り抜けはできなくて、あたしは預かってた鍵を取り出して扉を開けた。
 無駄に重い扉の隙間から赤い光が漏れ出ていて、それがあたしの不安を煽ってくれていた。
 ようやっと開いた扉の中は、禍々しいほどに赤い光で埋められていた。

「あぁもうどこ行ったあの馬鹿…!」

 整理されてない内部を走り回り、やたらでかい棚の角を曲がると、やっと発光源を見つけた。
 それは台座に納められた手のひら広げたくらいある赤の玉で、照らされて炎色に見える髪を呪力の風に靡かせて、魔導師は玉に片手を翳していた。
 魔導師はあたしに気付いたらしく、ゆるりと振り返って、

 にっこりと笑んで見せた。

「…っ!」

 そりゃあもう半端無くむかついた。ついでにその玉が依頼品だと気付いて、つむじ風か何かであの馬鹿吹っ飛ばそうと本を構えたとき、玉の光が増した。
 不意打ちで目を焼かれて、あたしは棚を盾にして下がった。
 思い切り目を細めてあちらを伺う。

 魔導師が玉に片手を取り込まれていた。

「っな…」

 思わず身を乗り出して、数瞬後に駆け出した。

「…っにやってんのあんたは!」

 どうにかして引き離す方法考えないと、と思ったときには後方に吹っ飛ばされていた。
 速攻で体勢立て直して地面に手を着いて滑っていく。魔導師の、取り込まれてない方の手がこちらに掲げられているのを見て歯噛みした。

(玉の魔力も取り込んでる…!)

 風の威力がさっきの比にならない。それでも穏やかな魔導師の顔に、あたしは怒りと戦慄を覚えた。
 立て続けに繰り出される風を避けるために結界を張る。近付けないでいるうちに、魔導師はどんどん取り込まれてく。
 睨み付けた魔導師の顔が、唇だけで呟いた。
 おれは、ようやく。
 唇を読んであたしが目を見開くのと同時に、魔導師が薄く笑んで、そしてその顔も玉に取り込まれた。
 あとは速かった。止める間も無く玉は魔導師を飲み込んだ。
 一瞬だけ間があった。
 光が消えて、ぱきんと玉が割れた。

「え、」

 さらに一瞬遅れて、突風が吹いた。
 消えかけてた結界を慌てて張り直して堪えた。


 暫くして風が止んで、後には割れた玉だけがあった。
 歩いてって、欠片の前にぺたんと座り込む。
 壁にひとつだけ灯された蝋燭の光を弾いて、赤い透明な石の欠片が幾つか転がっていた。
 あたしは服の内側を探って、水晶のペンダントを取り出して言った。

「任務失敗。…玉が壊れました」

『はあ? あんた何ソレ何やってんの?』

 いつもの通り、威勢のいい声。
 それに少しだけ救われた気分になった。
 そして思った。泣けない子供ほど、可哀相なものも滅多にない。






 王にはあの魔導師はこちらで預かるとだけ言った。
 魔導師を取り込んだ玉の欠片は預かっているから、別に嘘ではない。
 そのときに聞いた話だが、あの魔導師は天涯孤独で、魔術の師匠で変わり者の祖父は五年ほど前に亡くなったらしい。
 あたしはとっとと帰ることにした。
 せめて国の教育機関がちゃんとしてたら。
 あの馬鹿も、もっとましな力の使い方しただろうに。
 あたしは文句を言う代わりに目を伏せた。


 俺は漸く、貴方に認めて貰えるだろうか。


 あたしは、あの赤茶の髪に緑のローブが可哀相なほど似合わない魔導師の、名前も知らない。





…紡ぎ手は歌うだけ。ただ語り継ぐだけ。




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あきゅろす。
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