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スリーピングデイズ1



1.



「神凪さんって、その眼はコンタクトとかじゃないの?」

休み時間に入ってすぐにときやの周りには人だかりができていた。どれもこれも眼に関することばかりで、ときやがテキトウに返事をしていれば、休み時間が終わる前に誰も居なくなる。そして、次の休み時間には誰も来ないだろう。以前そうであったように。
はぁ、と小さく溜息を吐いて、トキヤは次の時間のプリントを机に並べ始めた。
ときやの瞳は左右で違う。左目は深い茶色だが、右目は灰緑色だ。先天性ではなく、事故の後遺症でこうなってしまった。見え方は左右に違いは無い。
そのことについてときやはあまり話したがらない。自分が変だと言うことは自覚していたが、変だと言われるのは好きではなかったからだ。
こんな眼になる前から、ときやには可笑しなものが見えた。この世為らざるもの、とでも表現すればいいのだろうか。つまり、生きた人間ではないものが見えた。死んでしまった人間だけでなく、動物や、捻じ曲がってしまった何か―化け物、とでも言えばいいのだろうか―も、等しくくっきりと見えていた。ときやが一人でいる大抵の理由はこれだ。小さい頃は苛められもしたし、気味悪がれた。そしてまた、慰めてくれたのも、人間ではない何かであった時もあった。
はぁ、と小さく幸せを逃しながら、ときやは空を見上げる。と、それを邪魔する声がときやを呼んだ。

「神凪さん」

強くはっきりした声に既視感を覚えながら顔を上げると、そこには今朝見た顔があった。先程の自己紹介を思い出しながらぱちりと眼を瞬かせれば、隣に居た可憐な少女が笑う。

「ええと、有沢さん、と、…井上さん」
「わ!凄いね、もう名前覚えてくれたんだ!嬉しい!」

両掌を合わせて、小花が飛ぶ勢いで喜ぶ井上織姫を見て目尻を下げながら、それはきみが美しいからだよ、と内心で呟き、ときやはまた有沢竜貴に視線を戻す。

「何か用かな?」
「昼、皆でご飯食べようって言ってるんだけど、一緒にどう?」
「いや、わたしは…」

言葉を濁したときやに、えーっと、織姫が残念そうな声を上げる。

「一緒に食べようよ〜!わたし、みんなで分けようと思って、ご飯たくさん持ってきたんだよ」
「でも、悪いよ」
「何が悪いの?」

きょとんとした表情で、織姫は首を傾げた。それに苦笑して、ときやは竜貴の後ろに立つ女子達を見る。何人かは後ずさったが、その内の何人かは、あろうことかときやに近付いてきた。

「あーもうジレッタイのよ!私の織姫が誘ってんだからさっさと承諾しなさいよ!もー、空気読めないわね!」
「空気読めないのはあんたよ、千鶴!!」

竜貴に頭を軽く叩かれるも気にした様子も無く千鶴―本匠千鶴は続ける。

「いーい?幾らわたしの織姫が美しいからって手を出しちゃ駄目だからね!?」
「井上さんが美しいのは認めるが、さすがに手を出したりはしない」
「美しいだなんて照れちゃうなぁ…。井上さんっていうのもなんだか他人行儀で嫌だな。織姫でいいよ!わたしもときやちゃんって呼ぶから!ね?」
「んもう心が広いのね!織姫!大好きっ!!」

織姫に抱きつこうとした千鶴は、見事な手刀を披露した竜貴によって床に沈みこんだ。それを華麗にスルーして、竜貴はときやに向き直る。

「わたしもたつきでいいわ。こいつは千鶴。後ろに居るのは鈴とみちる」

急に話を振られた小川みちるが驚いたように小さく返事をした横で、国枝鈴がよろしく〜と手を振った。

「…よろ、しく」
「じゃあ、また後で声掛けるね」

時計を見た竜貴がその場を離れれば、織姫が「じゃあ、ときやちゃん、またね!」とにこっと笑いながらその背を追った。それに千鶴が続き、チャイムが鳴る。
ときやは教師が入ってくるのを眺めながら、じんわりと顔が上気していくのを感じていた。
友だちなんか出来ないと思っていたのに、なんだか思わぬ展開だ。これはもしかしたらもしかするかもしれない。
教師から部活動や生徒会の説明がなされていたが、その時間は余計に集中できず、ときやはプリントを睨むようにして、ただただこの時間が早く終わればいいのに、と思っていた。
速く進めと思うほど、時間が進むのは遅く感じるから不思議である。秒針が動くのをもどかしく思いながら、ときやは漸く長針が授業の終わり時間を指したのに喜んだ。そしてはたと動きを止める。なんて自分は単純なんだろう。まだ神凪ときやという人物を知らないから声を掛けてくれるだけかもしれないのに、もう友だちになった気でいるなんて、滑稽にも程がある。
高揚した気持ちが急に沈んでいくのを感じ、ときやはチャイムを遠くで聞く。萎えた気持ちがときやの一時間を嘲笑う。

「ときやちゃん、ご飯持った?」

織姫がひょこりと机の前から顔を覗かせ、自分のお弁当の包みを机に乗せる。成る程、確かに一人で食べるには大きすぎる包みだ。
うん、と小さく微笑返し、ときやはメロンパンの袋とカフェオレを掴むと立ち上がった。織姫もそれに倣うと、ときやの手を取って入り口付近に居る竜貴の方に走り出す。急なことに驚きながらも、ときやも小走りに続いた。やわらかくてあたたかい、優しい手だった。

「今日はね、天気が良いから屋上で食べようって。ときやちゃん、外を眺めてることが多いから、きっと空が好きなんだろうねって話してたの」
「井上さ…。織姫さんは、可愛いね。そのヘアピンもとても良く似合ってる」
「さんなんてヤダ!呼び捨てにして!その方が仲良いって感じするもん!」

もう!っと腰に手を当てて怒ってから、織姫は顔を赤くして頬を両手で押さえる。

「可愛いなんて、わたしなんて…っ。やだぁ、ときやちゃん」
「お世辞じゃないよ。わたしは綺麗なものには綺麗、可愛いものには可愛いと伝えたい派なんだ」
「…じゃあ、わたしの織姫を口説いているわけじゃあないのね?」

とても怖い顔をした千鶴に詰め寄られて、ときやは苦笑いをして、頷く。

「勿論だよ。偏見は無いが、そういう趣味は持ち合わせていないんでね」
「あらそう?良くみたらなかなかキレイな顔立ちしてるのに勿体無いわね。よぉしっ!じゃあ、私が女の悦びっ」

ガンッと派手な音を立てて千鶴が床に沈む。何時か見た光景だと思いながら、ときやは千鶴を床に沈めた主を見る。

「竜貴、は、強いんだな」
「まぁね」

屋上への階段を上りながら他愛無い話をする。扉を開けたその先には、先客が居た。

「一護」
「おう、たつき」

真上からの光で、透かされた毛先が朱にも似た色に輝いている。ときやは眩しそうに眼を細めた。
その視線に気付いたのか、一護がときやを見返す。そして、驚いたように眼を見開いた。

「…どうも」
「ええと、確か、神凪」
「ときやちゃんです!」

何故か織姫が胸を張って答える。それを微笑ましく思いながら、ときやはフェンスの方に近付いた。そこには佐渡の他に二人座っているのに気付く。

「俺は黒崎。こいつは佐渡泰虎。あだ名はチャド」
「ム…。よろしく頼む」

すっと手を差し出されて、戸惑いながらも手を握り返す。

「ちなみに黒崎の下は一護だ。一つを護る。果物の苺ではない」
「それだったら、可愛いね」

強面の彼がそんなことを言うのが意外で、思わず笑ってしまえば、佐渡は表情を和らげる。何かと思えば、「笑っているほうが、仏頂面よりいいぞ」とのこと。

「…どうも」
「はいはーい!俺もそう思う!そっちのが可愛いよときやちゃん!」
「五月蝿いですよ浅野さん。初対面で馴れ馴れしいですよ。僕は小島水色。これは浅野啓吾。よろしくね」
「これって酷くね!?」

ギャーギャーと騒ぐ浅野に曖昧に頷き、ときやは佐渡の前、織姫と竜貴の間に腰を下ろした。ちなみに、一護の前が織姫で、竜貴の前が浅野という配置になる。その隣が小島で、その前がみちる、そして鈴が座っている。ちなみに千鶴は勿論織姫の隣に陣取ったが、竜貴に回収され、今は竜貴とみちるの隣に座らされていた。
ときやはカフェオレのパックにストローをさすと、メロンパンの袋を開けて噛り付く。その隣では、織姫が風呂敷包みを開いていた。中身は、コッペパンに、色取り取りのタッパーだ。中身はどうやらジャムだけに留まらず、チーズや辛子やマスタードの他に、明太子や海苔の佃煮やふりかけ、ミニトマトに玉ねぎの姿も見える。ちらっと竜貴を盗み見れば、呆れたような顔でそれらを見下ろしていた。

「はい、ときやちゃんにもお裾分け!」

飛び切りの笑顔で渡されたコッペパンにはいろんなものが盛り付けてあって、お世辞にも美味しそうという言葉からは遠ざかっている。こっそりと竜貴に耳打ちされたのは、織姫の味覚が一般とは離れているということだった。

「ありがとう…」

受け取ったコッペサンドはそのままときやの膝の上に置かれたハンカチの上に着地する。織姫はコッペサンド二号を一護に渡して、更に次を作り始めている。
佐渡の視線を感じ、ときやはその逞しい身体を下からなぞり、首のコインを見詰めてから、半分癖の強い髪の毛に隠れた瞳を見た。

「何?」
「いや…。神凪の瞳は、キレイだな。緑…とも灰とも取れない色味だ」
「…は?キレイ?佐渡くん、視力悪い?」
「ム…、いや、悪くない、が。気に障ったか?」

申し訳無さそうに項垂れるものだから、ときやは思わず立ち上がった。膝に乗っていたコッペサンドはハンカチに包まりながら落ち、危うく地面とご対面するところで一護の手によって掬われる。

「あのねぇ!キレイっていうのは、黒崎くんの髪の色とか、佐渡くんの身体つきとか、織姫の笑顔とか、竜貴の所作をいうの!わたしの目なんかちっともキレイなんかじゃないっ!!」
「一護のアタマァ?このオレンジが、きれい?」
「そうよ、染めてないんでしょう?天然物なんて上等じゃない」
「俺は魚か?」

ぽんぽんと一護の頭を叩きながら驚く竜貴にごく真面目に返し、ときやは深く頷く。一護は佐渡に助けを求めるように視線をやったが、佐渡は困ったように眉を下げている。

「タンポポ頭だけど」
「蒲公英、良いじゃないか。太陽の花(サンフラワー)だぞ。褒め言葉だろう。それに、ダンデライオンという。葉が獅子の牙に似ていることからそう呼ぶらしいが、わたしは獅子の鬣に似ていると思っているよ。どちらにせよ褒め言葉さ」
「チャドの…身体?」
「そうさ!その褐色の肌に既に出来上がったような体躯、彫刻のようだね。織姫の笑顔、みんなに安堵感を与える優しい笑顔だ。可憐だね。そして竜貴、きみの強さは美しいよ。何かを極めようとしているものの姿勢はいつだって真摯で尊いものだ」

呆気にとられた視線が集まっているのを感じ、ときやはしまった、と後悔した。ついやってしまった。美しいと感じたものに自分なりの評価を与えないと気が済まない性格のせいで友だちと呼べる人間がいないのもわかっているのに、どうしても繰り返してしまう。

「あ、いや…、その。今日会ったばかりで何も知らないわたしがこんなことを言うのも変なのだけれど」

身体が小さく震えた。彼らが次に口を開いたとき出てくる言葉を予想するのがあまりにも簡単だったからだ。

「なんだか解らないけど、嬉しい!わたし、こんな風にまっすぐ褒められたことないよ!ありがと―!」
「……え?」

ぎゅう、と織姫の柔らかい胸に抱き止められて、ときやは完全に拍子抜けしてしまい、間の抜けた声を漏らした。
可笑しい、ときやの知っている、今までの展開と違う。いつもなら、気持ち悪いと吐き捨てられて、そこからいつも一人だったはずなのに。

「知ったような口を叩くと思わないか?」
「えー、だって、こんな短い時間で他人の良いところばっかり見つけられるんだよ?すごいよ!普通は嫌なとこにばっかり眼がいっちゃうものじゃない?ねぇたつきちゃん!」
「まぁ、そうだね。一護だって、このタンポポ頭を褒められることなんて殆ど無いんじゃないかな」

幼馴染で、短くない付き合いだけどさ、と付け足して、竜貴は叩いていた一護の頭を見詰める。この色をキレイと賞した人間を、竜貴は数人しか知らない。そしてそれは片手で足りる人数だった。

「神凪は、心が優しいんだな」

佐渡が真面目腐った顔で言うものだから、ときやは驚くを通りすぎて呆気にとられてしまった。次いで眼の奥がジンと熱をもったものだから、慌てて拳をきつく握る。

「佐渡くんって…、変わってる」
「…む…」
「でも、ありがとう。そんな事言われたの初めてだから、驚いてしまったよ」

ストン、と勢い良く腰を下ろして、まじまじと佐渡を見詰めれば、佐渡は微笑んだ。慈悲の笑みだ、と、ときやは思う。優しいのは佐渡の方だ。きっと、彼は誰よりも優しさが与える影響の大きさを解っているのだろう。
昼休みが終わってしまうから、と促されて、ときやはメロンパンを小さく齧る。好きな音楽だとか、今朝見たテレビの話をしながら、ときやは不思議な感覚に包まれていた。遠かった世界が、近い。それがいいことなのか、解らないでいた。
そんなときやを見詰めながら、一護は思う。ときやは異質だ。端から見れば一護たちも変わっているという評価を下されているのは知っていたが、ときやは一護たちとはまた異なった"変わっている"だと。その差異が何かまでははっきりと言い表すことは出来ないが、違和感が拭えないのは事実だ。

「神凪」

呼べば、ときやはその双眸に一護を映し出す。

「確かに、きれいだな、その眼」

にかっと笑って言えば、ときやは零れそうな程大きく眼を見開いて、情けなく眉を寄せた。
それが、こいつは今まで一人だったんだろうと推測するのに充分な反応だということに、ときやは気付かない。










( 褒めなれていないこども )







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