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木陰の独り言

遠くを見詰める瞳は影を帯びているように見えて、何処か現実離れした雰囲気を醸し出していた。空虚というより憧憬。
覚えのある感情を含んだ瞳に、何故だか話しかけずにはいられなかった。





[ひた隠した、その先]





「やぁ、どうしたんだい?」

裏山で見かけた同僚の子息は、驚いたように半助を見上げた。どうやら本気で半助に気付いていなかったらしい反応に、思わず苦笑してしまう。此処が前線でないにしろ、売れっ子のフリー忍者にあるまじき行為である。彼―利吉のそういう側面を知る度に、半助は利吉がまだ十八であることを思い出すのだ。同時に、利吉の父の横顔を。
…言い訳だ、と半助は苦く思った。何を見ても何処に居ても、彼を、山田伝蔵を忘れたことはない。何かにつけて彼を想う、その言い訳をいつも考えている。
土井先生、と、利吉は安堵したように息を吐いた。やはり注意が緩慢になっていたらしい。味方だと解って弛んだ表情に、半助からも笑みがこぼれる。

「此処は、落ち着くかい?」
「…学園が近いのもあって、敵意をぶつけられることはないですから、つい」
「いや、良いんだ。四六時中気を張り詰めていたらどうにかなってしまうよ」

言って、半助は利吉から視線を景色に移す。
青みがかった緑は瑞々しく、見ていて心が元気になる気がして、半助は顔を綻ばせる。風に靡く木の葉は眩しくも眼に優しい。今度、伝蔵を誘ってまた来てみたいな、と思って、暫し忘れていた利吉の存在を思い出す。しまったと思いながらも、そんなことはおくびにださず、にこりと笑ってみせた。

「悩み事かい?」
「…そう、ですね…」

歯切れの悪い返事に、忍者の悩みだったら私じゃ力になれそうもないから、お父上に相談したらどうかな、と半助が提案すれば、利吉は口を引き結んで、ほんの小さな抵抗を見せた。おや、と思う。

「私は、」
「うん?」
「父を尊敬していますし、きっと、父の示す道は間違っていることはないのだと思います」

半助はそれをある種の盲目的な敬愛だと思った。だが嘲笑ったり頭から否定したりはしない。それどころか、妙な仲間意識さえ芽生えたくらいだ。

「だからこそ父は忍になるもならないも私に選ばせましたし、父が私に考えを押し付けたことはありませんし、これからもないでしょう。私はそれを誇らしく思います」

言い切った利吉が、半助は少し羨ましかった。羨望というよりは嫉妬に近い想い。利吉は幼い頃から優秀な忍と共に生きてきたのだ。…勿論、今のように半年も家に帰らず、妻君に心配ばかりかける、親や夫としては些か問題のある人だったとしても。
愛されて育ったことが羨ましいのではない、利吉を愛したのが伝蔵なのか問題なのだ。

「誇りに思う反面、寂しくもありました」

贅沢な悩みだ。何だか面白くなくて、半助は小さく溜め息をついた。小さな小さな苛立ちは、風に浚われて利吉には届かない。
利吉がもっているものは、みな半助がどんなに望んでも得られないものばかりだ。

「私は、土井先生。正直、何故父が教師になったのか理解出来ませんでした。私の目標は父と共に仕事をすることでしたから」

だからだ、という言葉は飲み込む。憧れは理解と対極に在ると言ったのは誰だっただろうか。
半助とて、伝蔵を尊敬しているし敬愛している。だが利吉のように真っ直ぐに澄んだものではない。濁り、歪んだ想いの形。あぁ、どうしてこんな捻くれた考え方しかできないのだろう。彼が関わるといつもこうだ。自分は正常なものの考え方ができなくなってしまう。それほどに彼に固執している。

「当時はね、そりゃ信じられなかった。でも今は、良かったと思っています」

にこりと利吉は微笑んだ。伝蔵の面影が在る笑みは、似ているようで異なる。当たり前だが、血を分けたからといっても、結局は他人でしかないのだ。

「確かにあそこは優秀な忍を育てるために在る学園ですが、は組の子ども達を見ているとそんなこと忘れますね。父も楽しそうにみえます」

利吉が伝蔵を讃える度に半助の中の蟠りが大きくなり、利吉が伝蔵を誇って笑う度に半助の中の闇が広がっていく。

「私は、…縁というものを信じていませんでしたが、今は、在るのだろうなとも思っています。は組の子どもたちとも、――あなたとも出逢えた」

利吉の半助に向ける笑みは、半助のように作った笑みではない。ただ純粋に、好意の笑み。
――――そうだ、知っている。
利吉の半助への想いは、半助の伝蔵への想いに酷似している。半助のものよりももっと単純かつ純粋なものでは在るが、根本は同じものだ。
半助は利吉の笑みを見詰めながら、何故か心が締め付けられる思いがした。何故利吉なのか、と考えてしまう自分はなんと残酷なのだろう。
利吉が半助を見ているとするならば、彼はいつか気付くだろう。半助が見詰めている人物が誰なのか。
その時、彼はどんな反応を示すのだろうか。

「私を好いてくれても、苦しむだけだよ」

ザアアァ、と、突き上げるような突風に、身を委ね空を舞えたらどんなに楽か。実らない恋ほど苦しいものはない。
事実、半助は居たたまれない気持ちを幾度も体験している。しかし諦められない。理屈ではないのが、この想いだ。

「土井先生、今、何か言いました?」

届かない。こんな近くにいる人間にすら届かないのだ。

「人の心は知られずや 真実 心は知られずや…、とね」

半助は笑った。やはり作った笑みであったが、それでも、それだからか、柔らかく微笑んだ。

「そう、ですね。真理だ」

利吉も笑った。半助と相対する笑みで。やがて顔を会わせながら、二人は声を上げて笑った。
笑いながら半助は思う。こんな近くにいて同じように笑いながらも、二人の心は重なることはないのだと。
思って、哀しくなった。哀しくなったら、恋しくなった。


(逢いたい)


心の中で呟いた言葉が、誰かに伝わることはない。









End.

閑吟集255番(人の心はわからないものだ。本当に、心とはわからないものではありませんか)

もっと利吉が半助にアタックかけるかと思ったらかけなかった←
ダメだ、半助が伝蔵を好きすぎて利吉の入る隙がない←





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あきゅろす。
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