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花氷に切愛



それを最初に打ち明けられた時、敏樹はどんな反応を返したら良いのか正直なところ解らなかった。
世の中にはまだまだ科学では解明できない摩訶不思議な出来事が多々あることを敏樹は理解していたし、敏樹自身も何度か不思議な経験をしたことがあった。だから、そういった「理由をつけられない」出来事に対し偏見はなかった。と、思う。
付け足さなければならないのは、その瞬間、確かに敏樹はその言葉を疑ってしまったからだ。
しかし、無理はないと今でも思っている。
敏樹は欠伸を噛み殺しながら、斜め前でソファに座りながら優雅にティーカップを(中身は、珈琲だ)口に運ぶ女を一瞥する。
「私、何度も死を繰り返すのよ」だなんて、一回で意味が解る方がどうかしてる。
女―横森可菜は、敏樹の視線に気付いたのか、ティーカップに両手を添えて微笑む。
あの時と、変わらない微笑みだった。






館臥敏樹は、渋谷のとあるビルの一階にオフィスを構えていた。大学在中だが、気が向いたらオフィスに顔を出すという道楽にも似た営業方法だったが、大体において閑古鳥が鳴いていたので問題もなかった。そもそも、普通に暮らしていたら縁の無い場所だったりも
する。その名も[渋谷・Psychic Research]。読んで字の如く、オカルトに携わるオフィスなのだ。
勿論、このテナントを借りたのは敏樹ではないし、更に言えば横森でもない。敏樹の大学の―大学は横森も同じだが―友人であり、世界的な有名起業家である海馬瀬人の助力のお陰である。
こう言ってしまえば随分と好意的だが、と敏樹は苦い思いを噛み砕き、喉の奥へと押しやる。
元はと言えば、売り言葉に買い言葉のような始まりだったのだ。そう、海馬は心霊現象を信じない。だからこそ、敏樹の迷信染みた言葉を受け入れられず、横森の言動が解せなかった。ならばそれを徹底的に暴くしかない。真偽を突き止めなければ気が済まない。海馬瀬人という人間は、そういった気性の激しさを持つある意味において真っ直ぐな人間だった。

初めは二人だけだったオフィスには、紆余曲折を経て二人の人物が加わった。今は大学に行っているのだろう二人は、敏樹と横森の大学の後輩にあたる。また、その片方に関しては、海馬と顔見知りだと言うのだから全く世間とは狭いものである。
敏樹はこの後輩達が苦手だった。何故なら、二人ともあまりに横森可菜という人間に夢を見すぎていると思っているからだ。それほどに二人は横森に対し、盲目的で狂信的で、それでいて壊れ物であるかのように扱う、過保護のようでもあった。

敏樹は横森から視線をずらし、鳴りもしない固定電話を眺め、また欠伸を噛み殺す。この調子だと今日も依頼はなく、平穏無事という退屈な素晴らしい一日を終えられそうだ。留守番電話の赤いライトが点滅していないことを確認し、敏樹が立ち上がろうとした瞬間、横森がティーカップをソーサーに戻した。
先に置いてあったティースプーンが、暴力的な仕打ちにカシャンと跳ねて抗議したが、横森はそれにも気付かない様子で宙を見詰めている。その顔には表情というものが一切無く、瞳の焦点は合っていない。
こうなってしまうと敏樹は上げかけた腰をまた革張りの黒いソファに戻すしかなく、仕方無しに敏樹は深く座り直す。そして、段々と焦点が定まってきた横森に一言、机に頬杖をついて、訊ねる。

「―――、で?」

横森は一度だけ瞼を閉じ、ゆっくりと敏樹を見据えて言った。

「海の中に。東京湾かしら?私は彼と二人でボートに乗っていたのだけれど、突然細い紐で喉を幾重にも締め付けられたの。失神した私に彼は錘をつけて、そのまま海面に私を投げ捨てたわ。私は藻掻きながら死んでいったの」
「その後は?」
「私は苦しくて悲しくて辛くて、気が付いたら、彼の家に居たの。彼は知らない女と居たわ。悔しくて、私は女の髪や手足を引っ張ってやったわ」
「んで?」
「彼女はノイローゼ」

敏樹は瞬いた。

「そんだけ?」
「まさか。私は訳が解らなくなって、見境無く女性を水の中に引き込むようになったの」

はぁ。敏樹は額に手をあてて大きな溜め息を吐いた。
横森は、死を繰り返す。その真意は、つまりはこういうことだ。横森は死者の霊と同調する。それがいつ、何のタイミングで起こるのかは解らないが、まるで自分のことのように、何度も何度でも死を繰り返す。

「で?その女は今何処に居るって?つか、その前に媒体を探せ」

敏樹の言葉に、横森はオフィス内に視線を回らせた。そして、それは入り口の花瓶を置いた猫足のアンティークテーブルで止まる。真っ白な霞草と真紅の薔薇の蕾の生けられた花瓶の隣に、それはポツンと無造作に置かれていた。
アクアマリンにも似た透き通るブルーの石のストラップ。先端には、ビーズで編み込まれたうさぎが鎮座している。

「これだわ…。私が彼から貰ったストラップ」
「…ンでそんなもんがここにあんだよ…。神宮の阿呆だな、また」
「可愛いわ。きっと私へのプレゼントだったのね」
「お前に所有権はない」

敏樹は、横森からストラップを引ったくる。それを、そのまま上着のポケットに押し込んだ。

「これは、その浮気野郎がその女の渡したもんだろ。パクってンじゃねぇよ。返しに行くぞ」

露骨に嫌そうな顔をして、敏樹は部屋から出て行く。その後ろ姿をきょとりと見送り、横森は小さく笑う。そして、はぁい、と、その背を追った。






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