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心臓は静かに軋んだ

身体の上に軽い圧迫感を感じ、半助は微睡む瞳をぱちりと開けてみた。それでも現状は変わらない。身体を動かそうとして、出来ないことに気付く。蒲団とは違うあたたかな体温に包まれていて、半助はまた大きく瞬く。
半助は自分がまだ寝惚けていて半分夢の中にいるのかと疑ったし、もしもこれが夢ならば、ずっと眠っていたいとも思った。しかし横に聴こえる鼓動は規則正しく、時折ピクリと動く指先はリアル過ぎた。
自覚した瞬間、半助の体温は一気に上がる。
―――自分は同室の人間に、抱き枕にされているのだ。
沸き上がったのは羞恥。しかしそれは決して負の感情ではなかった。それどころか。

(うれしい、だなんて)

奥方と間違えているのか、それとも夢の中で彼は幼い利吉を抱いているのか、もしかしたら飼っている猫と勘違いしているのかも知れない。その可能性だって否定できない。それでも、普段なら有り得ない距離の近さに心が踊るのがわかった。
その骨張った手が、自分をその胸に抱き込むその力強さが。

(あぁ、やはり私は山田先生がすきなんだな)

半助はそうっと手を伸ばし、存外に逞しい腕に手を添える。それだけで、胸がいっぱいになって、湧き出したあらゆる感情がごちゃ混ぜになって、溢れ出そうになるのだ。

(こんなにも胸が苦しい。
触れられても触れられなくても、私はあなたを想うだけで泣き出しそうになる)

伝蔵が寝ている間さえ、半助は彼にすがることは出来ない。それは一種の怯えであり、無意識の内に半助が定めた誓約でもあった。
一度でも自分にそれを許してしまったら、ズルズルと堕落していってしまうかもしれないという恐怖がある。万が一手にしてしまったら、失った時の自分の心情を、半助は想像できない。
そう、それは半助の怠惰であり恐怖であり、制約だ。

これが憧憬だというのなら、温かく見守ろう。
これが恋だというのなら、墓場まで持っていこう。
これが愛だというならば、私はこの感情を惨殺する。

半助は夜な夜な覚悟する。
いつの間にか芽生えた種が、花咲く前に枯らすことを。









心臓は静かに軋んだ
(title:水葬)

幸せなのかそうじゃないのか良くわからない半助。







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あきゅろす。
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