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空蝉の呵責


世界が嘆く律動派生。
赤林::敏樹について





"事故"の後に粟楠に引き取られたばかりの子どもを、赤林は見たことがある。組長がどういった意図で何の役にも立たなそうな子どもを育てることにしたのかは解らなかったが、特別興味も湧かなかったので首を突っ込むこともなかった。役に立つように教育すればいいことだし、それでもダメならば幾らでも道はある。ただ、どうせなら可愛い女の子が良かったなぁと思っただけだった。勿論、そういった趣味はないが、美しく成長するならそれにこしたことはない。
その子どものことを、赤林はすぐに忘れた。だが、再び思い出すことになる。何故なら、名前も知らない子どもを四木が引き取るのだという噂を耳にしたからだ。酷く驚いたのを覚えている。
勿論、赤林は真偽を確かめに四木の元へ訪れた。その時点で既に四木の傍らには子どもがいて、疑いようのない真実だと信じないわけにはいかなかった。
子どもは、そうたいして広くもない応接間で、居場所がないかのように身を縮込ませながら四木の隣にちょこりと座っていた。やることがないのか、時折四木の横顔を盗み見ては何もないテーブルに視線を落とす。四木は子どもがいないかのように淡々と書類に眼を通している。
態とらしく大きな音をたててドアを押し開ければ、びくりと肩を揺らし、子どもは硬直して赤林を凝視した。

「久し振り、四木の旦那」

へらりと笑えば、四木は冷めた視線を寄越す。そう言えば幹部会で数日前に顔を会わせたかもしれない。だが、会話をするのは久し振りだったはずだ。間違ってはいない。
子どもは赤林の意匠の杖を物珍しげに眺めていたが、赤林の視線の先にあるのが自分だと気付くと、身体を強張らせた。

「子どもを、引き取ったとか」
「専務の命令でね。厄介なものを押し付けられましたよ」

淡々とした飾ることのない容赦無い言葉に、子どもは項垂れた。閉じられた唇が2、3度戦慄いたが、言葉が発せられることはなかった。

「敏樹、挨拶はどうした?」

突き放すような響きに、子どもはすがるような瞳で四木を見上げた。取って喰われるとでも思っているのだろうか。だとしたら滑稽な話だ。
四木は再び子どもの名前を読んで、子どもは覚悟を決めたように赤林を見た。

「はじめまして、たちが、としきです。色々あって四木さんのところでお世話になることになりました。よろしくお願いします」

そうしてぺこりと頭を下げる。成る程、器量は悪くない。生意気そうな顔に反してのおどおどしたような動きは、その気のある人間に売ればそれなりの値がつくかもしれない。そんな物騒なことを思いながら子どもを見下ろした。

「おいちゃんは赤林ってんだ、ボウヤ。まぁ、よろしく」

視線を合わせるようにしゃがみこみ、へらりと笑ってやれば、子どもは少し肩の力が抜けたようだった。眼が合うと、顔を這うように視線が動き、一点で止まる。怖がるかと思いきや、子どもはとても悲しそうな顔をした。

「痛い?」

そろそろと伸びた指先が、赤林の右の目尻の下を撫でた。その時に腹の奥から這い上がった感情を、どう現せば良かったのだろうか。
思い遣りの心に触れたあたたかな気持ちと、絶対の思い出に泥を塗られたような憤りが混ざりあって膨らんだ。膨らんで、萎むことも破裂することもなく腹いっぱいに広がって、その一瞬、赤林の思考は真っ白になって、そして弾けた。気付いたら子どもは床に倒れていて、赤林の右手の甲はじんと熱を持っていた。
子どもの顔は青褪め、恐怖の色が浮かんでいる。夏だというのに着込んだ長袖のシャツが捲れて覗いた、生々しい傷跡。赤林は、何故子どもが長袖を着ているのか唐突に理解した。冷房が効きすぎているからではなく、子どもの為に温度が下げられていたのだ。

「ごめんなさい!」

絞り出したような声は謝罪を口にし、しかし見開かれた瞳は潤むことはあってもそこから滴が落ちることはなかった。

「ごめんなさい、いたかった?」

悪いのは自分だと言い聞かせているのか、罵声を浴びさせられそう思わざるを得ないのか、そこら辺の判断は赤林にはつかなかったが、必用以上に怯える子どもが哀れにも思えた。
赤林は杖を支点に額を置いて、口元を弛ませる。一呼吸置いて、へらりと笑う。この笑い方は、もう癖だ。

「悪かったね、でも、人のウォークポイントに触れるときは断りをいれないとねぇ。じゃないと、嬲り殺されちまっても文句はいえないから、そいつはよぉく覚えておきな、ぼうや」

まぁ、叩いた方も痛いんだから、お相子だね。と、悪びれもなく言った赤林に、子どもはこくりと喉を鳴らし、唇を噛みながら、頷いた。
四木は二人のやり取りを静かに観察している。赤林が子どもを叩いたことに対しての咎めはなさそうだった。

「よぉし、いいこだねぇ。おいちゃんは、聞き分けの良いこはすきだよ」

赤林は子どもを右腕だけで抱き上げた。子どもは困惑したように視線を四木に向けたが、四木からは何の反応もない。四木は探るように赤林を見ている。
何を吹き込むつもりもないが、そんなに警戒されると期待に応えなくてはならないだろうか。
口端を上げて、子どもの首筋に顔を近付ける。

「良いこにしなよ。さもないと、また色んなもんを失くすことになるからね」

子どもから返事はなかったが、微かに震える手が赤林の首筋に回り、ぎゅうと抱き締めてきたことに満足し、赤林は四木にも笑みを向けた。


「躾は、初めが肝心だからねぇ」









2011-9-2
四木も赤林もまだ幹部じゃない設定。幹部会に出席してるのは次期幹部会候補だから。
子どもの敏樹とか想像できねぇ(笑)









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