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世界が嘆く律動


敏樹が走り去るのを見送って、赤林は四木の頭上から声をかける。仮縫いしてはあったが、傷が開けば貧血で倒れ、最悪何処かで野垂れ死にするかも知れない。その可能性がないと言い切れないのがこの街なのである。

「追い掛けなくて良いのかい、四木の旦那」

それに少し考えるような沈黙を置き、後でね、と四木は短く返した。そんな四木を眺めながら、赤林は色の濃いサングラスをかけ直すように左手を添えた。

「意外だねぇ…。粟楠の四木が」
「何がです」

細められた四木瞳が、階上の赤林を捉えた。負の感情の欠片が瞳に宿っている。馬鹿にされたとでも思っているのだろうか。しかし、四木に限ってそんな思考に至る筈もないだろう。そう結論付け、赤林は四木に向かって口端をあげて見せた。なら、何だ?

「…立派に親代わりやってるんだねぇ」
「課せられた義務はきちんとこなしますよ」
「いやいや、そうじゃなくってさ。今あんたの機嫌が悪いのは、俺があの子を虐めたからだろう?あの子があんたの気持ちを汲めないからだろう?あんたはあの子に自分の前で泣いて欲しかったんだ、そうだろう、四木」

にやにやとした嘲笑(え)みを浮かべて茶化せば、四木は赤林から視線を逸らし、息を吐いた。その吐き出された感情を、赤林は拾うことが出来なかった。元よりあまり拾う気も、ない。渦中に飛び込むつもりはないのだ。一線を画し、時折戯れに手を出せる距離ならば良い。そこまでの入れ込みは無かった。

「あいつは臆病な奴ですよ」

四木は言った。
道路に点在する赤い印は、途切れずに敏樹に繋がっているだろう。追い掛けて欲しいからそうやって痕を遺すのだ。甘いやつだ。四木は苦々しく思う。

「そう思うなら檻に入れて、守ってやったら良い。鎖をつけて外界(危ないもの)から遮断して、蝶よ華よと育てたら良いんじゃあないかぃ」
「あいつの家族を知ってるでしょう」
「目の前に居るね」
「生みの親の方です」

テンポの悪い会話に、四木は今度こそ溜め息を吐いた。

「臆病になるのも守りに入ることも悪いこととは言わないが、ただあいつは少し度を過ぎてる。妙に老成していると思えば、年端のいかない餓鬼のように駄々を捏ねる」
「そして、あの子が甘えるのはあんただけだ。違うかい?」
「違いますね。あいつはいつも戦々恐々として、口が滑ることはあっても甘えるだなんて芸当が出来る奴じゃあありませんよ」
「うん、それが寂しい」
「………は?」

カン、カン。行きは音すらたてなかった杖が、軽快な音をたてる。赤林は階段を降りながら、先程のやり取りを思い出した。
敏樹は間違いなく四木に甘えている。だけれども、双方の認識の違いがあることは確かだ。そしてその溝は思ったよりも大きいらしい。

「おぃちゃんは寂しいねぇ…。こんなに愛しちゃってるのに、何で伝わらないんだろうかねぇ。あの子は少しばかりひねくれ過ぎだ。人間不信も大概にしないと…また色んなものを失くすよ」

嘆くように首を振り、肩を落として大袈裟に溜め息を吐く。それを一瞥して、四木は自分の胸元の、少しよれたシャツを見た。

「私はね、赤林さん。賢者のふりをする愚者は嫌いだが、愚者の皮を被る賢者はもっと嫌いですよ。虫酸が走る」

珍しく四木が嫌悪を滲ませたので、赤林は更に機嫌が良くなった。

「あの子がうちの組に来てから、間違いなく変わったものがある。善し悪しの判断は出来ないがね。衰退し、または淘汰され、変形し、生み出される現象は必ずある。8割が抹消され無かったことになったとし、その残りの1割さえ疑惑にまみれていたとしても、最後に残った1割は紛れもない真実なんだよ、なぁ、四木さん」
「その真実を覆い隠し捻じ曲げようとするあなたがが何を言うんです。本当に都合の良い人ですね、あなたは」
「真実は存外、酷く手厳しい。想い出の方がよっぽど甘く優しいもんです。だから俺は眼を瞑るお手伝いを、ちょっとばかししているだけですよ」

にいぃ、と赤林は笑った。獰猛な笑みだ。
四木は別段何も思わなかったが、敏樹が居たなら硬直していただろう。敏樹は赤林を苦手視している節がある。初めからカテゴリ分けしている時点で既に不利なのだが、それはもう敏樹の癖らしい。忠告しても簡単には直らないのだ。
四木は道路に落ちた、明日には砂埃や車のタイヤの摩擦により消えてしまうだろう血痕をもう一度視界におさめる。
溢れた感情を誤魔化しきれずに歪んだ顔を思い出した。その瞳は決して四木の顔を見なかった。無理矢理にでも顔を突き合わせたなら、敏樹は泣いただろうか。今の四木にはそんなことも解らない。苦々しく思った。意図が掴めないのだ。

「帰るなら、乗っけてってくださいよ」

へらりと相好を崩し、赤林は血痕に背を向ける。遮られた視界に敏樹は映らない。

「事務所で良いですね?」

四木は踵を返し、赤林に背を向ける。部下に手短に指示を出すと、さっさと助手席に乗り込んだ。赤林はやれやれと肩を竦め、後部座席に身を滑らせる。車は静かに走り出した。

「追い掛けなくて良いのかぃ、四木の旦那」

赤林はもう一度、殊更ゆっくりと言葉を紡いだ。四木はそれを黙殺した。後はもう、沈黙だけがその場に漂っていた。













羊水に帰す胎動派生。
四木+赤林::敏樹との関係性について

運転してる部下可哀想(^q^)
原作途中までしか読んでないから口調がわかんないとか何それ怖い。







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