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閉鎖的な思考


闇に動き、影と共に生きる。
そして俺は戦で死ぬのだ。





[求めたのは]




文次郎、と、いつもよりも覇気のない声が薄暗い室内に響いた。伊作の顔は、へらりとした何時もの顔ではない。
もう陽は沈み、辺りは暗く、起きているものは殆ど居ないだろう。静な空間を支配しているのは暗闇だ。そんな中、文次郎は蝋燭を灯した保健室で伊作の手当を受けていた。
忍務から帰ってきたところを、厠に向かう伊作に見つかってしまったのだ。流した血の量が多かったのか、眩む頭でも、しまったとはっきりと思った。失態を、と考え文次郎が踵を返すよりも早く、伊作がその手を取ったのだ。いつもの伊作からは考えもつかない俊敏な動作だった。
あまり難しくない忍務だったはずなのに、追っ手がかかり、文次郎は傷を負った。しかもそれを伊作に見つかるなんて、と、文次郎は唇を引き結ぶ。そして、伊作は何て不幸なのだろうと思った。あのタイミングで厠になど向かわなければ、この遅い時間に文次郎の傷の手当てなどせずにすんだものを。血の臭いにあてられて、眠気など覚めてしまったたろうに。
部屋に、音はない。ただ、伊作の巻く包帯の布の擦れる音が耳に届くだけだ。文次郎は息を殺してじっと伊作の手を見ていた。

「はい、できたよ」

伊作がぽん、と軽く文次郎の腕を叩く。それきりまた口を噤んだ伊作に、文次郎は一言、すまないとだけ告げた。それを聞いて伊作は何か言いたげに口を開いたが、結局何も言うことなく閉口する。
忍務の内容、場所、どうしてこうなったのか。聞きたいことはたくさんあるだろう。しかし伊作がそれを訊ねたとしても、文次郎がそれを答えられないことを、伊作もまた知っていたのだ。

「痛い?」

伊作は文次郎の腕を見る。文次郎の右脇腹と右腕には酷い刀傷がつけられていた。伊作は誰に対しても、ヘマをしたなと嘲笑うことはない。それは保健委員会の委員長を務めるものの思考としては妥当な気がした。
文次郎はズキズキと疼く傷に心中舌打ちをして、立ち上がる。顰めっ面だっていつもと同じものだ。だけれど、伊作は真っ直ぐな瞳で文次郎を見据える。その瞳が揺れることはない。
文次郎は伊作を強い人間だと思っている。どんな場面でも怖じけずいたりしない剛胆の持ち主だと、伝えたことはないが、そう思っていた。だが、この世界で生きていけるかというのなら、答えは否。伊作は忍者には向かない。優しさや温情は、時に残酷な結果をもたらす。

「文次郎!」
「大したことはない」

文次郎は引き戸に手をかけた。その背中に、伊作が言葉を投げる。

「忍者って…痛いね」
「お前には向かない」
「文次郎には向いてるの?」
「俺には覚悟が在る」
「――僕にだって在るよ!」

凛とした声だった。ヒステリックな悲鳴でも何でもない、静かな叫び声。

「僕は、みんなと友達でいたいから、だから、忍者で在り続けるんだ」

その言葉を背に受けながら、結局文次郎は振り返らずに保健室を後にした。阿呆、と口の中で呟く。だからお前は甘ちゃんなのだ。その覚悟が、哀しい。
文次郎は音もなく歩いた。廊下を照らす先の尖った三日月は、まるで鋭利な刀のようだ。青白い剣には、血の赤が映えるだろう。そう考えて、文次郎は歩みを緩めた。伊作は忍者には向かない、と再び思う。人を助けるばかりで殺せないからだ。殺せない忍者など、一体何れ程の人間が必要とするのか。文次郎はゆっくりと右腕の包帯を撫でて、歯を食い縛る。痛くなんか、ない。



「…………文次郎」



はっと顔を上げれば、眼の前に男が立っていた。良く知った顔だ。反射的に睨み付けた。

「伊作が、薬を」
「薬など効かん」
「新野先生が特別に調合した薬だとよ。いいから受けとれ」

男―食満は、涼しい顔で丸薬の入った布を文次郎に掴ませる。食満は文次郎を素早く観察して、困ったように苦笑いをした。

「ボロボロだな、お前」
「喧嘩なら買う」
「バァカ、怪我人に喧嘩なんか売るかよ」

何処で濡らしてきたのか、冷たい手拭いで頬を拭われる。新しい手拭いだったのか、白くきれいだったのに、直ぐに血と泥で汚れてしまった。
文次郎が避けないことを意外に思いつつ、食満は文次郎の顔の泥を拭い続けた。常の二人を知るものがその光景を見たならば、口を揃えて珍妙だと言ったに違いない。

「…………俺は、忍だ」

暫くして、文次郎が口を開いた。食満はあぁ、と短く答える。何時もの喧嘩腰の口調ではなく、柔らかくも強い響きをもった声だった。それに気が緩みそうになるのを必死に抑える。

「俺は忍になるのだ」

意図が掴めなくとも、食満はまた頷いて見せた。文次郎が食満を見ることはない。さっきから自分の足元ばかりを睨み付けている。文次郎は、己の影を見ていた。
「忍びは闇に生きるものだ。己を殺し他人を殺し、それでも醜く生きていく、俺はきっと忍びになる」
「―――――あぁ」
「俺は忍びになる以外他に道を知らない」

だから、他に道を与えてくれようとするな、と、誰にでもなく呟いた文次郎を、食満は抱き締めずにはいられなかった。きっと文次郎が望んだのはそんことではなかっただろう。それでも食満は、それ以外の考えを放棄したのだ。

「文次郎」

名前を呼んで、肯定してやることも出来ずにただ曖昧に頷くことだけしか出来ぬというのなら、時間が許す限りそうしていようと。取っ組み合いの喧嘩をして、殴りあって、文次郎が許すなら抱き締めて。

「伊作の軟らかな手が羨ましいとか、お前の優しさが恋しいだとか、あってはならないのだ」
「――――文次郎」

言い聞かせるような言葉が苦しい。

「文次郎、それでも俺は」

俺は、と、続けようとして言い淀む。文次郎が食満を見詰めていた。言うな、と言われた気がした。眼の下に隈を拵えた、ぎょろりとした瞳の奧に空虚を垣間見た気がして、食満は息を飲んだ。

「俺は戦で死ぬのだ」

口付けも、好きだという言葉さえ拒んで、文次郎は静かに告げた。凡そ齢15の少年のいう言葉ではなかったが、何故か文次郎には違和感がなかった。それが食満には堪らなく哀しい。憐れみでも何でもなく、ただ文次郎がかなしいと思った。









End...
title*:)ロンリー

最後のかなしいは愛(かな)しいでお願いします。

いさくと打とうとしたら遺作と出た件について←どんだけ不運www





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