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3 視界、遮断




「永遠って、なんですかね」

その日珍しく敏樹からふった話題は、男に負けず劣らず突飛であったと思う。

「そこに存在し続けること。変わらない様?」
「変わらないことなんて、ありますかね?」
「変わらないものなんて、ない、と敢えて言っておこうか」

敏樹の唐突な問いにも澱むことなく答えて、男は敏樹の頭を撫でた。最近、敏樹は男に良く頭を撫でられる。もしかしたら男の癖なのかもしれない。
敏樹は頭を撫でられるのは余り好きではなかったが、黙っていた。

「でも、普遍的って言葉があるじゃないですか」
「それだと少し意味が違ってくる」

男は何かを示すように人差し指で宙を指す。それは講師が学説を説く様に似ていた。しかしながらその全身から滲み出る静かでいて圧迫感のある熱気はない。当たり前だ、彼は科学者ではない。
男の手にしてはきれいな指先を眼で追いながら、敏樹は首を竦めた。

「人のサイクルは、生まれてから死ぬまでの間に踏むステップは大体同じですけど、その細部は違うでしょう?―――例えば、数学的な真理で説くなら、永遠もありじゃないかと思えるんですけど。人の人生まで広げてしまうと、ちょっと…。」
「ツァラトゥストラはかく語りき、だな」
「永劫回帰の理念は、良く解らなくて」

うーん、と敏樹は小さく唸る。

「輪廻転生の理念とは違うんですよね」
「仏教的理念だな。そもそも、欧州はキリスト教の信仰だから、転生という考え方は珍しいんだ」
「キリストは復活したのに?」
「そこが神の子たる所以さ」

男は口角を上げる。

「俺たちは神でも神の子でも天使でもない」

男は結構なリアリストであったが、敏樹にはロマンチストにも見えた。つまり、人間らしいのだ。
確かに、男の背中に羽があるようには見えなかったし、頭の上に煌めく輪もない。当たり前だ、彼は人間でしかない。そして、自分も。

「キリスト教だと、死後は天国か地獄、どちらかに行き、そこで永遠に暮らすということになっている」
「じゃあ、魂が廻って何度も生死を繰り返すっていうのは突飛なんだ」
「そうだな」男は笑う。敏樹もつられて小さく笑った。
「永劫回帰ってのは、転生とは少し違う。今までの自分の人生を、生から死までを無限に繰り返すことをいうんだ」
「へぇ……その自覚もない訳だし、…なんか、ゾッとしないな。気付かないから、飽きることもないわけだし」
「怖いか?」

その問い掛けに、敏樹は首を傾げた。

「…怖い?」

考えるように小さく呟く。
男が敏樹の顔を覗き込んだ。その男の瞳の方が恐ろしい、と敏樹は思った。

「結局はわからないんだから、怖がったって仕方無いでしょう」
「わからないから怖がるんだろ」
「怖がったって、結局はなるようにしかならないんだから」

敏樹は困ったように笑った。今まで生きてきた中で得た答えの一つだった。

「そうか」と男は頷いた。その大きくてあたたかい手が、また敏樹の頭に伸びる。
それは痛みを与えるものではなく、安らぎを与えるものだ。自分と同じ形をした、男の手。
でも、もしかしたら。敏樹は思った。バカみたいな仮定だった。
ゆっくりと瞳を閉じる。辺りは微かに闇に包まれる。
男の背には、羽根をもがれた痕があったかもしれない。











視界、遮断
逃げるためではなく
自分を見付けるための手段



2009年5月5日 0:40






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