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黙礼した艱苦



神宮未由は横森可奈が好きだった。はっきり言って大好きだったし、真実愛していた。それを人に公言すれば奇異の眼で見られたし、横森はほんの少しだけ眉を下げて微笑んだ。嫌われてはいないが、好きの種類も度合いも違うことに気付いてしまった。いや、本当は知っていたし、それが周りと違うことにも気付いていた。ただそれを押し隠して生きるのは、自分という個を殺してしまうのと同等で、そんな馬鹿げたことに神宮は価値を見出だせなかったのだ。言いたい奴には言わせれば良い、自分は自分でしかない。神宮は直ぐに周囲の理解を諦めた。「私が可菜さんを好きなことは、私と可菜さんが知っていれば良いの!」と神宮はいつだって誇らしげに笑う。押し付けがましい愛情も確かに真実であったが、結局のところ、神宮は自己中心的であったのだ。

「可菜さん!あの男、とうとうあの平和島静雄に伸されたらしいですよ!」

嬉々と弾んだ声で、神宮が告げた。乱暴に開かれたドアを一瞥し、パソコンに向かっていた横森は、小さな溜め息と共にかけていた眼鏡を外した。

「何時も言っているけれど、そんなことに喜ぶものではないわ」
「でも、私としては喜ぶべきことなんですよぅ」

擦り寄るように横森の右腕に腕を絡ませ、神宮は舌足らずに喋る。

「アイツはちょっと痛い目にあった方が良いんだわ。大体、付かず離れずな態度を取ってるから、折原臨也に可奈さんの彼氏だなんて噂を流されるのよ。甚だ迷惑!だから、私は嬉しいんですよぅ」

その折原臨也は解っていてそんな噂を流したのだと神宮は知らないのだろうか。横森は少しだけ表情を崩す。その事実関係も、その噂を聞いたときの神宮の反応さえ知っていて、臨也はそういった噂を流しているのだ。面白半分に火種を落としていく。それが折原臨也という人間なのだと横森は認識していた。

「それで、敏樹は無事なのかしら?」

横森のその一言で神宮の機嫌は急降下する。

「知りませんよぅ。良いじゃないですか、あんな男のことなんて」
「神宮」

たしなめるように名前を呼べば、神宮は唇を尖らせた。

「見ていた人達(野次馬)の話では、平和島に引き摺られていったみたいです。きっと今頃海に沈んでるわ」

声には相当の悪意が籠められていて、横森は苦笑するしかない。神宮から向けられる、その真っ直ぐすぎる熱量は、大きすぎた。横森はそんな想いの塊を、どう扱ったら良いのか正直解らないでいた。持て余していたといっても間違いではないだろう。嫌なわけでは無かったが、どうしていいのか解らない。だから受け止めることも逃げることも、出来ていない。

「敏樹が沈められたら困るわ。確認してみましょうか」
「何でですか!」
「そんな物騒な噂の真偽を確かめる義務があるわ、だって敏樹は友達だもの」

だからって、と神宮はなおも食い下がったが、横森はそれを聞き流した。敏樹とて人間だ、平和島静雄に連れていかれたというのならば、万が一ということもある。事実を確認するのは、友達として以前に人間としての義務なのではないかと横森は思った。
横森は真っ青な携帯電話を鞄から取り出し、アドレス帳を開く。その携帯を、いつも神宮は横森には似合わないと思う。

「何で、可奈さんはあの男と友達になったんですか」

いつも思う。ぐるぐると考える。でも、横森の答えは何時だって難解だ。シンプルに聞こえるが、はぐらかされているような気分になる。
横森は携帯を耳に当てたまま神宮を見た。その瞳に熱はない。それが時折、無性に腹立たしく、悲しい。でもその瞳の奥の感情を、あの男は引き出すことが出来るのだ。例えそれが10の内の2でも3でも、横森可奈という人間が関わる以上、神宮には我慢ならない。とてつもない我儘であると解ってはいたが、神宮はそれに"愛"と名付けて正当化していた。そう、これは愛情で、そして愛情とは偉大なものなのだ。
そういった意味で、神宮は岸谷新羅や矢霧誠二と似通った部分があった。狂気にも似た一途すぎる愛情。そこに自覚が有るか無いか、また自重するかしないかだけで、根本は同じだろう。
ぷつん、とコール音が途絶える。聴こえてきたのは圧し殺すような呻き声と、喘鳴。そして、優しげな、それでいてねっとりとした男の声が、遠くに。
横森は一度、音がしそうな程大きくはっきりと瞬いた。何かを対峙して告げるときの、横森の癖であった。

「きっと、私たちは可哀想な者同士なのよ」

横森はやんわりと眼を細めた。
告げた時の神宮の表情は、少しだけ、笑えた。










横森も敏樹も自分が可哀想だとは思っていないから「きっと」がつくんだと思う。

デュラパロの神宮は何をしてでも横森の気を引きたいらしい。
ので、ちょっと考えてみた。




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あきゅろす。
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